「概念」とは対象の細部を削ぎ落として脳内に作る主観的なイメージ
栗原:理論的な深掘りをさせてください。本書における「概念」とは、具体的にどのようなものを指すのでしょうか。
永山:まず、ここでの「概念」とは、対象の細部を削ぎ落として脳内に作る主観的なイメージ(似顔絵のようなもの)を指します。
なお、概念は英語で「コンセプト」ですが、これが極めて興味深いものなんです。製品コンセプトやブランド、組織のパーパスみたいな、対象についての凝縮したイメージを言葉や図像に閉じ込めたもの、という印象が強いかもしれません。こうした側面もありますが、より広義の概念は、外部から得た情報を手がかりに、過去の経験と結びつけながら、私たちが頭に思い浮かべることができる世界そのものです。
神経科学では脳を「予測する機械」や「制御された幻覚」と表現することがあります。どういうことかというと、わたしたちは五感からの情報を頼りに世界を見たり感じたりするイメージがあるかもしれませんが、むしろ、個々人がもつ思い込み、つまり「概念」から仮想的な現実を頭に思い描くと考えられています。だからこそ、概念が変わることは、わたしたちの世界そのものが変わることを意味しますし、それに伴って最適な行動や価値観に変化が生じるわけです。
「ゆるキャラ」は概念シフトの好例である
栗原:人々は現実の「対象」を直接みているのではなく、言葉やイメージというフィルターを通して世界を捉えているわけですね。では「概念シフト」とはどのようなものとなりますか。
永山:対象に対するこうしたイメージが書き換わり、「既存の当たり前」から想定していなかった「新しい現実」が生み出される現象のことです。パラダイム・シフトという言葉を耳にする機会はあると思います。これが人々の考え方が根本的に大きく変わることを指すものだとすれば、概念シフトはより具体的な対象のイメージが変化することです。
私はイラストレーターのみうらじゅんさんのファンなのですが、身近な例として挙げたいのが、彼が生み出した「ゆるキャラ」という言葉(記号)です。地方のPRキャラクターを「ゆるキャラ」と呼ぶことは、その素朴さやぎこちなさを、欠点ではなく愛すべき魅力として捉え直すきっかけになったのではないでしょうか。また、2011年のゆるキャラグランプリでの優勝を機に、さらなる全国的な注目を浴びたくまモンは、様々な商品への展開を通じて大きな経済効果を生み出し、単なる地方のPRを超えた存在ともなりました。
このように、新しい言葉を通じて対象の見方や価値づけが変わり、人々の関わり方や経済活動にまで変化が広がっていく過程は、「概念シフト」の事例として捉えられます。
「概念シフト」は意図的に引き起こせるのか
栗原:「概念シフト」を意図的に引き起こせるものなのでしょうか。
永山:概念シフトを意図的に引き起こすことは、とても難易度が高いことだとは思います。しかし、概念シフトが起きる兆候を捉え、特定の方向へ概念を収斂(しゅうれん)させる力を加えることは可能だと思います。
概念シフトが起きやすい状況には、少なくとも2つの予兆があると思います。1つ目は「外的な制約によって既存の供給が途絶え、供給不足が生じる状況」です。世界恐慌後の法改正で銀行による顧客企業への経営相談が制限された結果、新しい「コンサルティング」という概念が生まれ、市場が拡大した事例などが該当します。
2つ目は「外的な要因によって過剰供給が起こり、既存の価値が低下する状況」です。技術革新などによって、それまで限られていたものが大量に、低コストで提供されるようになる場合がこれにあたります。たとえば、音楽のデジタル化や配信サービスの普及によって、膨大な楽曲を手軽に聴けるようになると、CDを所有する価値が低下し、その場でしか味わえないライブ体験の価値が相対的に高まったという話があります。
このように、供給の爆発的な増加は、それまで当然とされていた価値を揺さぶり、既存の概念を捉え直すきっかけになります。文章や画像を大量に生成できるようになった現在の生成AIも、まさにこうした変化をもたらしていると言えます。



