個人行動データ分析の拡張性と成果創出へのアプローチ
Biz/Zine編集部 栗原茂(以下、栗原):本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。フェーダー教授のご専門は「消費者行動データ分析」であると理解しておりますが、日本のビジネスパーソンにも関連する具体的な取り組みや視点についてお話しいただけますか。
ピーター・フェーダー教授(以下、フェーダー):最初に、分析の対象を「消費者」だけに限定せず、もう少し視野を広げて捉えることが重要です。私は個人が時間の経過とともに起こす行動全般に関心があります。具体的には「どれくらい長く続くのか」「どれくらいの頻度で行われるのか」「どれほどの価値をもたらすのか」といったテーマです。
この手法はBtoB環境や自社の従業員を対象とする場合も含めて、時間とともに動くデータを扱うすべての領域に適用可能です。その中でも、日本の皆様にとって最もドラマチックでインパクトがあるのが消費者の事例です。
私は統計モデルを用いて予測を行う数学者ですが、これは「品質管理の父」と呼ばれたW・エドワーズ・デミング博士が行っていたアプローチの発展形と言えます。大きな違いは、「効率性(いかに投入を減らすか)」ではなく「有効性(いかに成果を創出するか)」に焦点を当てている点にあります。
専門は、消費者の購買行動を理解・予測するための行動データ分析。通信、金融サービス、ゲーム・エンターテインメント、小売、製薬など幅広い業界の企業と協働してきた。顧客関係管理(CRM)、顧客生涯価値(CLV)、新製品の販売予測といったテーマに焦点を当てる。2015年に予測分析会社ゾディアックを共同創業し、同社は2018年ナイキへ買収された。顧客ベースの企業価値評価に特化したシータ(Theta)の共同設立者。近年は「インセンティブ整合型ピア評価システム」の普及を目的としてインコンパスを共同創業した。2017年、「マーケティング・テクノロジーの先駆者25人」の一人に選ばれる。
『マネーボール』への批判的視点と「ファン生涯価値(FLV)」
栗原:教授の論文を拝読すると、スポーツ分析に関する記述も見受けられます。日本でも映画『マネーボール』を通じて「データ分析による勝利」は広く知られていますが、スポーツビジネスにおけるデータ分析の現状についてどのようにお考えですか。
フェーダー:実は、私は『マネーボール』に対して批判的な視点を持っています。当時の映画や書籍には大きな懸念が2つありました。
1つ目は「数学的裏付けの不足」です。提案されたモデルや指標の中には納得できないものが多く、科学的裏付けが十分とは言えない点がありました。2つ目は「思考の方向性(オリエンテーション)の誤り」です。プロスポーツチームの収益は、プレイそのものではなく、試合を見るファンによってもたらされます。しかし『マネーボール』は選手のプレイばかりに焦点を当て、ビジネス面を軽視しているように思えました。
プロスポーツチームは、野球をプレイすること自体でお金を稼いでいるわけではありません。ファンが試合を見るために支払うチケット、球場で購入するグッズや飲食などによるお金によって収益を得ているのです[1]。
私は長年、選手の評価や査定に対する分析の側面と同等以上に「スポーツビジネスの収益性」という側面にも焦点を当てる取り組みを続けてきました。2026年3月には「ファン生涯価値(FLV: Fan Lifetime Value)」に関する講演[2]を行いました。スポーツ業界においても「何を売るか」から「誰に売り、どんな価値をもたらすか」への転換が求められており、クラブやリーグ側から自発的に対話を求めてくるケースが非常に増えています。
[1]Joseph Jiaqi Xu , Peter S Fader , Senthil Veeraraghavan「Designing and Evaluating Dynamic Pricing Policies for Major League Baseball Tickets」(February 2019、Manufacturing & Service Operations Management、Vol 21)
[2]Mack Institute News「Innovation in Sports Fan Engagement Spring 2026 Conference Report」(April 30, 2026)
