「概念による予測」と「概念の更新」を繰り返す適応ループの構造
栗原:人の認識や行動が切り替わるプロセスの全体像として、本書で提示されている「適応ループ」について解説していただけますか。
永山:「適応ループ」とは、神経科学における「能動的推論(Active Inference)[1]」の考え方をもとに、人が「知覚」「行動」「学習」を通じて「環境」に適応していく過程を整理したモデルです。環境から情報を受け取るだけでなく、自らの行動によって環境にも働きかけるという、相互作用を捉えています。
この考え方では、私たちは、五感からの情報をそのまま受け取って世界を認識するわけではありません。過去の経験などをもとにした脳内の予測(トップダウン)と、感覚を通じて入る情報(ボトムアップ)を照らし合わせ、解釈を更新することで、主観的な世界が形づくられると考えます。
つまり、「環境」から入る情報を、それまでに形成された概念をもとに解釈するのが「知覚」です。そして、将来の報酬や、不確実性を減らす情報を求めて「行動」を選ぶ。その行動によって環境や得られる情報が変わり、予測と実際の結果を照らし合わせて「学習」する。こうして概念を含む予測モデルが更新されると、世界の見え方や選ぶ行動も変わっていく、というループです。
このループを通じて、これまで当たり前だと思っていたものの見方が変わることがあります。さらに、その変化が人々の相互作用を通じて広がり、共有されることで、社会の常識の変化にもつながりうると考えています。
[1]参考文献:トーマス・パー、ジョバンニ・ペッツーロ、カール・フリストン『能動的推論:心、脳、行動の自由エネルギー原理』(ミネルヴァ書房)
概念シフトを駆動する「4つのドライバー」
栗原:概念シフトを巻き起こすために、この適応ループに対してどのように介入していけばよいのでしょうか。
永山:適応ループの各プロセスに介入する「4つのドライバー」があると考えています。
1つ目は「環境構築」です。これは新しい経験や情報が得られるように客観的世界がつくられることを指します。さきほどのゆるキャラの例でいえば、くまモンといったキャラクターや、関連グッズ、ゆるキャラグランプリといったイベントを世に出すことは環境構築に該当します。
2つ目は「記号構築」。客観的な世界の無数の情報から、主観的世界として認識するための言葉や図像などの記号を生み出すことです。「ととのう」という言葉が使われるようになったことで、サウナ後の身体感覚が認識されるようになったのが、その好例です。
栗原:3つ目の「行動誘導」と4つ目の「秩序構築」はいかがでしょうか。
永山:「行動誘導」は、環境構築と記号構築で立ち上がる新しい世界へ実際に人々を招き入れ、足を踏み出してもらうための働きかけです。たとえば、スマホの通知やAmazonの1クリック購入ボタンのように、新しい行動様式につながる導線を整備したり、行動の摩擦を限りなくしたりすること。そして、「人生100年時代」のようなナラティブを提示し、特定の意味づけ顕在化することがこれにあたります。
「秩序構築」は、新しいイメージや行動様式、その背景にある価値観を、ルールや法制度、教育などの社会の仕組みに組み込んでいくアプローチです。たとえば、「セクシャル・ハラスメント」という概念が、法制度や職場のルール、研修などに組み込まれ、人々の判断や行動の基準として定着していくことなどが、これに相当します。



