なぜAI時代の新規事業は「一度使われて終わる」のか──ビービットに学ぶ、持続可能な「地形」のUX戦略
ゲスト:ビービット 取締役 COO 藤井保文氏、執行役員 平井剛直氏、廣橋沙紀氏
生成AIの普及により、誰もが容易にアプリやサービスをつくれるようになった現代。しかし、画面のUIをいくら洗練させても、「一度使われて終わる」サービスが後を絶たない。「UX=画面の使いやすさ」という誤解を解き、複数のステークホルダーが複雑に関わり合う現代のビジネス環境下で、事業の持続可能性を高める体験をどう設計すべきか。9月19日に『選ばれるUX──「日常に溶け込む」体験のつくり方』(英治出版)を上梓したビービットの平井剛直氏と廣橋沙紀氏、そして同社取締役 COOの藤井保文氏にインタビューを実施した。AI時代の「つくれる罠」から、ユーザーと事業者を結ぶ「見えない仕組み」、さらにはUber EatsやGojekに見る人の行動を無理なく促す「地形」の設計まで、複雑な現代ビジネス構造において新規事業を成功へと導く実践知を紐解いた。
AI時代の「つくれる罠」──なぜ今、UXの再定義が必要なのか
Biz/Zine編集部・大久保遥(以下、大久保):平井さんと廣橋さんはUX領域の最前線で多くの新規事業や現場実装に伴走し、藤井さんは「アフターデジタル」シリーズなどの著作やアドバイザリーを通じてマクロな経営変革を牽引されています。本日は新刊『選ばれるUX──「日常に溶け込む」体験のつくり方』(英治出版)を起点に、皆さんの多層的な視点から新規事業を持続させるUX戦略、体験設計の本質について伺います。
AIの普及によりアプリやサービスを簡単につくれるようになった一方、多くの企業が「とりあえず形にしてみたが利用されない」という状態に陥っています。この危うさについてお聞かせください。
平井剛直氏(以下、平井):今はつくろうと思えばすぐに形になる、すごく恵まれた時代です。ただ、容易につくれるがゆえに、前段の仮説を練り込まなくてもアウトプットできてしまうという現実があります。
どんな天才がつくっても、最初から完璧な仕組みなどあり得ません。ビジネスは形にした後、改善し続けて初めて役に立つものになります。そして改善を回すためにも、「世の中にどんな困りごとがあり、どんなからくり(仕組み)でそれを軽減できるのか」という事前の仮説はしっかり立てておく必要があります。ただしそれは守り抜くものではなく、世の中にぶつけて壊されることを前提にした仮説です。手軽につくれる時代だからこそ、つくる前と後の「練り込み」の質が問われているのです。
慶應義塾大学大学院社会学研究科修了。2002年にビービット入社。ユーザー起点の体験デザインを軸に、幅広い業界で新規サービス開発、既存サービスの再構築、UX/CX組織づくり、人材育成を支援。事業企画からクリエイティブ開発、実装・運用を見据えた仕組みづくりまで、ビジネス、デザイン、テクノロジーを横断した顧客体験変革に取り組む。
廣橋沙紀氏(以下、廣橋):私は現場で構想を具体的な画面やサービスへと落とし込む実務を担当していますが、手軽につくれる分、生活者のリアルな文脈から外れた「机上の空論のUI」が量産されていることに危機感を抱いています。形にするスピードが上がった一方で、「そもそも誰のどんな行動を支えるのか」という手前の解像度が粗くなってしまう企業が多い印象です。
京都大学文学部行動・環境文化学系心理学専修卒業。2015年にビービット入社。生活者の行動を丁寧に捉えるリサーチを起点に、サービスや業務の設計・改善を支援。日々の暮らしに根ざした体験づくりを得意とし、調査設計から分析、コンセプト立案、体験設計、実行支援までを一貫して担う。
UI操作を超えたUXの「全体の構想」こそが事業戦略のコア
藤井:世間では「UI/UX」と一括りにされることが多く、UXは単なる「画面の見た目や操作性」だと誤解されがちです。UXがUIと一緒に語られることで、ビジュアルデザインの話だと矮小化されてしまった。本来の良質なUXとは、自分たちが大事にしているビジョンや思想と社会の状況を前提とし、そこから店舗やコールセンター、プロダクトなどすべての顧客接点がつながって成立するものです。デジタルが浸透した結果、企業が提供できる体験価値は製品単体にとどまらなくなっています。
東京大学大学院修了。国内外のUX 思想を探究し、実践者として企業・政府へのアドバイザリーに取り組む。著作『アフターデジタル』シリーズ(日経BP)は累計22万部を発行。ニュースレター「After Digital Inspiration Letter」では、UX やビジネス、マーケティング、カルチャーの最新情報を発信中。
大久保:「良い製品をつくっていれば勝てる」時代は終わったということですね。
藤井:そのとおりです。家電や自動車など、ハードの品質差がつきにくくなった今、セットで利用するアプリや共有の仕組みなど、「どんな体験ができるのか」で選ばれる時代になりました。結果として、まったく異なるジャンルの企業が競合になったりします。だからこそ、画面をつくる前の「状況理解」や「全体の構想」こそが、事業戦略のコアなのです。
平井:たとえば、地方銀行などでいまだにFAXが重宝されている現場があります。デジタル化の観点から見れば不便に思えても、「セキュリティ上PCを持ち込めない」といった現場の合理的な理由があるわけです。そうした文脈を無視して目に見える使いやすさだけを押し付けても、日常には定着しません。目に見えるアプリ画面(触れるUI)の裏側には、複数の人々の利害や業務が絡み合っている「見えない仕組み」が存在しています。画面をいじる前に、この背景を捉えなければなりません。
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