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慶應・琴坂教授が語る、AI時代の経営戦略「10の視座」──なぜAI導入のみでは競争優位は生まれないか

早稲田大学ビジネススクール 入山・池上・澁谷ゼミ 共同特別招待授業レポート

栗原 茂(Biz/Zine編集部) [著] / 林 紗也 [写]

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【実践と行動】会議や資料の「枠組み」が組織の意思決定を変える

 新潮流の1つ目である「実践・行動としての経営戦略(視座7)」は、「では、現場の人間は具体的に何をすればいいのか」という問いから、戦略を担う人々の活動と相互作用に焦点を当てる領域[1]である。認知心理学や組織社会学の知見を応用し、実際の「人の判断や行動」そのものに焦点を当てる。経営戦略の領域は、抽象的な分析から「人がどう判断し、どう動くか」という実行・実践の微細なプロセスへ踏み込んでいる。

「戦略を実行に移す際、極めて重要なのが『バイアスコントロール』と『プラクティスデザイン』です。たとえば、プロジェクトが失敗した最悪の状況をあらかじめ仮定に置き、その原因を事前検証する『プレモーテム(事前検証)』のような手法や、日常的な会議の資料様式・進行手順そのものを緻密に設計することが、組織全体の意思決定パターンや行動様式を劇的に変身させます」(琴坂氏)

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資料提供:琴坂将広氏/クリックすると拡大します

 Amazonが重要な会議の冒頭で6ページの文章メモを全員で数十分間黙読する文化を徹底している例や、トヨタ自動車がA3用紙1枚に前提・課題・反証・対策を凝縮させる取り組みは、まさに優れた「プラクティスデザイン」の象徴的な事例だ。資料の書式や会議の動線、プロセスの枠組みは、単なる情報の伝達手段にとどまらず、組織の思考を規定し「戦略の実行そのもの」として強力に機能する。人間が起こしやすい認知の偏り(バイアス)を仕組みによって抑え込み、望ましい判断と行動が自然と引き出される環境を構築することが、視座7における核心となる。

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[1]R Whittington「Strategy as practice」(Long range planning 29 (5), 731-735,1996)

【多層的境界】優れた戦略家には建築家と庭師という2つの顔が必要

 2つ目の新潮流である「多層的境界の戦略(視座8)」では、「自社と他社の境目はどこにあるのか」という問いに対し、企業の境界を「所有(株式支配力)」「統治(契約やガバナンス)」「協業(アライアンスやコミュニティ)」という3つの多層的な領域で捉え直す。

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 この視座においては、「誰と価値をつくるか」を再定義し、自社単体の社内リソースだけに閉じこもるのではなく、サプライチェーンやパートナー企業(例:ソラコムの850社以上のパートナー)、顧客コミュニティ(例:ヤッホーブルーイング)全体を含めたエコシステムをどのように設計・運営するかが問われる。

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「優れた戦略家には『建築家(アーキテクト)』と『庭師(ガーデナー)』という2つの対極的な顔が必要です。共通のプラットフォームのルールや構造を意図的に厳格に設計する建築家としての役割(例:GoogleによるAndroid買収やAWSのAPI設計)と、エコシステムの中で自然発生的に生まれるプレイヤー同士の新しい動向やイノベーションの芽を丁寧に観察し育てる庭師としての役割(例:LEGOのIdeas機能やMicrosoftのStack Overflow貢献者認定)を、状況に応じてしなやかに切り替えることが求められます」(琴坂氏)

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【非市場・制度】戦略的な働きかけに必要な「事業の正統性」

 そして新潮流の3つ目が「非市場・制度の戦略(視座9)」だ。

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 デジタル社会・高度情報社会においては、技術や製品の優位性を競う「市場競争」だけでなく、その前提条件となる法制度(規制的)、規範や慣行(規範的)、あるいは人々に共有された理解や当たり前とされる前提(認知的)といった「非市場環境」そのものへ戦略的に働きかけ、事業が社会から受け入れられる基盤(正統性)を築くアプローチが不可欠となる。

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 たとえば、配車サービスのUberのように、既存規制のグレーゾーン(規制の死角)を突いて圧倒的な速度と顧客利便性(電撃的市場制圧・利用者の動員)で電撃的に市場を事実上制圧していく「急進的なアプローチ」が存在する。一方で、テスラによる直販体制の解禁要求や、トヨタが推進した「ウーブン・シティ(Woven City)」のように、行政機関、自治体、地域住民と長期的な対話や実証実験を重ねながら社会合意を形成していく「漸進的なアプローチ」もある。琴坂教授は、「短期的には市場の速度やネットワーク効果で急速拡大できたとしても、最終的に何十年と事業を持続させられるかどうかを決定づけるのは、社会からの『正統性(レジティマシー)』の獲得である」と強調する。

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 制度や社会規範という「事業の前提」そのものに働きかける視座9は、エコシステムを主導する企業にとって避けては通れない戦略的テーマとなっているのだ。

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栗原 茂(Biz/Zine編集部)(クリハラ シゲル)

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