慶應・琴坂教授が語る、AI時代の経営戦略「10の視座」──なぜAI導入のみでは競争優位は生まれないか
早稲田大学ビジネススクール 入山・池上・澁谷ゼミ 共同特別招待授業レポート
【アルゴリズムとロボティクス】個人の平均化と企業の二極化
4つ目の新潮流であり、本講演のハイライトとなったのが「アルゴリズムとロボティクスによる新時代(視座10)」である。生成AIの急速な普及は、ビジネスの前提を根底から塗り替えつつある。
琴坂教授は、研究データを引用しながら次のように語る。
「生成AIのアイデアを最大5つ利用できる短編執筆実験では、作品の新規性の評価がAIを利用しない場合より8.1%高まりました。同じ条件で、事前の創造性テストの得点が低い書き手では、作品の新規性の評価が10.7%高まりました。一方、別のブレインストーミング研究では、45の比較のうち37で、ChatGPTを用いたアイデアの多様性が有意に低いという結果が出ています。企業の側では、AIの使い方によって成果が分かれると考えています」(琴坂氏)
この洞察に基づき、琴坂教授は今後の市場が以下の2つの極に分かれていくと予測する。
1:選好の一貫性と現場知で勝負する「ガレージ型」
勝ち筋は、顧客の尖ったこだわりに応え、独自の「問い」を立てる点にある。少人数の柔軟な組織で少量・高付加価値な価値を提供する。生命線は「視座7(実践と行動)」であり、AIに代替できない情熱や泥臭い現場知が強みとなる。
2:圧倒的なシステム規模で勝負する「AIネイティブ型」
勝ち筋は、アルゴリズムの稼働規模と人とAIの接合部の熟達にある。24時間稼働するシステムで個客レベルの超個別化を大規模に量産する。生命線は「視座8(多層的境界)」であり、オープンなエコシステムでデータを巡回させる構造自体が優位性を生む。
重要な示唆は、両極の間にある「定型的な中間ビジネス」が淘汰されるという琴坂氏の見立てだ。平均値を即座に弾き出すAIの時代において、平均的なニーズを満たすだけの製品・サービスは差別化要素を失う。この見立てに立てば、企業は自らの領域を尖らせ、どちらの極で戦うかを検討する必要がある。
この時代にはマーケティングも大きく変わることが予測される。琴坂氏は、顧客理解のあり方も「集団の平均を一時点で捉える調査」から「一人ひとりの状態(生活・好み・使い方の変化)を継続的に把握し続けるアプローチ」へと移りつつあるとみる。この変化に適応できず、スケールメリットも尖った選好も持たない「中途半端な中間層」こそが、残念ながらAI時代に淘汰されると琴坂氏はみる。
一人あたり収益の極大化と組織の適応力──状況適応型AIとガバナンス
市販の汎用AI(基盤モデル)を導入するだけでは差別化にならない。優位性はAIの性能そのものではなく、「自社の文脈へいかに深掘りして埋め込めるか(Situated AI:状況適応型AI)」に宿る。[2]
さらに、AIを安全かつ高速に動かす「統治の装置」として、以下の3つを組織に組み込む重要性が指摘された。
- ガードレール(制限):「何をさせないか」の線をあらかじめ引く。制限があるからこそ、その線の内側で組織は速度を出せる。
- ハーネス(手綱):モデルを業務に結びつける入出力の型や評価基準、止め方までを設計する。
- 監査(検証):後から何を根拠に誰が判断したかを追跡できるようにする(たどれない範囲には任せない)。
琴坂教授は、4つの新潮流がもたらす「明日からの仕事」として、会議の運び方の変更(明日・視座7)、境界の引き直し(半年・視座8)、ルールの設計(数年・視座9)、自律的循環の統治(その先・視座10)という四つの仕事を、成果が表れるまでの時間軸に沿って提示した。
「不確実性が極めて高い時代において、もっとも価値のある経営資源は『適応能力』です。一括投資ではなく小さな種を植え、独自のデータ源に投資し、構造的な硬直を取り除いて柔軟性を確保する。総収益の拡大ではなく『一人あたり収益』を見据えて組織を進化させなければなりません」(琴坂氏)
[2]Kemp, A.「Competitive Advantage Through Artificial Intelligence: Toward a Theory of Situated AI」(Academy of Management Review、2024年。オンライン公表2023年)
この記事は参考になりましたか?
- この記事の著者
-




