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『繁栄のパラドクス 絶望を希望に変えるイノベーションの経済学 』第2章 全文公開【後編】

クレイトン・M クリステンセン 著 / パーパーコリンズ・ジャパン 刊

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市場創造型イノベーションを成功させる5つのカギ

 市場を創造するには、他者には見えていない市場を先に見つけなければならない。後知恵であれこれ言うのは簡単だが、実際には市場の見きわめはつねにむずかしい。自動車やコンピューター、銀行口座が大勢の人にとって当然の存在になるまえに、起業家はこれらのプロダクト/サービスの新しい市場をつくらなければならなかった。ほとんどの新市場はその創生時期には社会に理解されない。とくに、業界の専門家ほどその傾向が強い。たとえば1939年、ニューヨーク・タイムズ紙の記者はその年にニューヨークで開催された万国博覧会を取材し、こう書いている。「座って画面に目を向けていなければ視聴できないテレビは、決してラジオのライバルにはなれない。一般的なアメリカの家庭にそんな時間はない」。いまの時代の私たちはこの見解の的外れさに呆れ、笑うだろうが、その時代に生きていれば同意していただろう。同様に、20年前、アフリカの携帯電話は金持ちだけのもので一般には根づかないと多くの人が予測したものだった。

 では、市場創造型イノベーションにどのように着手すればよいのだろうか。ゼロから何かを生み出す可能性を見きわめる起業家の視点、および、自社のイノベーションのポートフォリオに市場創造型イノベーションを加えたいと考える既存組織の視点から、そのイノベーションが有効かどうかを評価する必要がある。ここで、起業家と既存組織のマネジャー双方に有効な基準枠として、新市場の創出を検討する際に探すべき5つの特性を紹介する。

1.無消費をターゲットにしたビジネスモデル

 現代のイノベーションとビジネスモデルの大半は、既存の消費者を、すなわち市場にあるプロダクトをすでに買える状況にある消費者をターゲットにしている。消費動向に関する報告書で「中間層の成長」「可処分所得の増大」「人口ボーナス」といった語が使われる場合には、既存の消費パターンを指していることが多い。これに対し、無消費は扱いが異なる。無消費とは、未来の消費者が(いまはまだ)プロダクト/サービスを購入し消費することができずにいる状態だ。モ・イブラヒムのセルテル社は当初から、金持ちをターゲットにするのではなく、アフリカの携帯電話の無消費者層に集中してビジネスモデルを構築した。

2.実現を支える技術

 実現技術とは、従来より確実に低いコストでより高度なパフォーマンスを実現する技術を指す。組織内で低価値のインプットを高価値のアウトプットに変換するあらゆるプロセスに技術が介在する。インターネットやスマートフォン、トヨタ生産方式、あるいは、従来より効率を高めた物流&ロジスティクスなどの実現技術は、新市場を構築する企業に競争優位性をもたらす。セルテル社は、固定回線も含めて電話をほとんど使ってこなかった大勢の人にサービスを提供するため、急速に進歩していた無線の携帯電話技術を全面的に活用することにした。

3.新しい価値ネットワーク

 バリューネットワーク[ニーズをもつ顧客と、価値を提供する企業群によって構成される生態系]は、企業のコスト構造を決定する。たとえば、食品というプロダクトは農場から食料品店へ移動するまえに、まず収穫し、加工し、保管し、輸送し、食料品店へ販売しなければならない。こうした活動が積み重なって、プロダクトのバリューネットワークを構成し、それぞれが最終プロダクトの価格に少しずつコストを上乗せする。ほとんどの企業は既存の消費者をターゲットにしているため、そのコスト構造では無消費者をターゲットにすることができない。新しいバリューネットワークの創造を通して、企業は自社の提供する解決策が無消費者でも購入できるようにコスト構造を定義し直すことができる。セルテル社がこのために採った方法は、携帯電話の利用時間の買い方を変えることだった。「スクラッチカード」(分単位で通話時間を購入できるカード)の開発に加え、アフリカ大陸の広範囲に広がる非公式な小売り販売網の活用が、セルテル社のコスト構造の再定義に役立った。

4.緊急戦略

 新市場を創造する場合に、イノベーターは緊急戦略(柔軟戦略ともいう)を用いるのがふつうだ。まだ定義されていない市場を追求する場合、想定消費者の反応によって対応策が変わるからだ。計画的戦略(あるいは固定戦略)は、企業が市場のニーズをよく把握できている場合に用いられる。市場創造型イノベーションではマネジャーも起業家も、ターゲットにしている新規顧客に積極的に学び、彼らから得たフィードバックに基づいて戦略を手直ししていかなければならない。セルテル社が遠い異国でそうしたように。

5.経営陣によるサポート

 新市場を創出しようとする企業は当初、高い評価をもらえないことが多い。厳密にはまだ存在していない市場をターゲットにするうえ、効率化イノベーションや持続型イノベーションに比べて必要になる資源が多くなりがちだからだ。創業当時のモ・イブラヒムにどの銀行も融資しなかったのも同じ理由だった。そのため、既存の組織のなかで生き残るには、市場創造型イノベーションの場合にはとくに、CEOなど高い役職者のサポートが必要である。

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