米国小売業界の成長率がGDPを上回るほど好調な理由
一時期の米国小売業は大型ショッピングセンターの閉鎖などのニュースが相次ぎ、「もはや小売業には未来がないのでは」と感じた人も少なくないだろう。しかし、長谷川氏は米国小売業の成長率を示し、「2009年にマイナス3.6%と落ち込んだものの、その後は2019年までGDPを上回る3~5%での成長を続け、2019年のNRFの発表でも過去10年来最大の市場成長を達成することが示されており、実は絶好調だ」と語る。
その背景には、まず購買層の中心がデジタルネイティブにシフトしたことがある。1981~1996年の間に生まれた「ミレニアル世代」、1995年以降生まれの「ジェネレーションZ世代」が、消費者全体の48%を占め、それに伴いマーケティングの争点が大きく変化してきた。これまでは「来店」へのトリガーが重視されたが、今ではソーシャルメディアなど様々なタッチポイントから多様な買い物経路が創出され、「購買そのもの」への接点が勝負の鍵を握るようになっている。「Path to Purchase=購買までの道のり」がマーケティングの争点となり、その統合管理が鍵になるというわけだ。
一方でタッチポイントや購買接点の多様化で「買い物の複雑化」を招いているともいわれる。購買までの煩雑なステップの短縮・簡略化が論点となり、その際の「摩擦=フリクション」を軽減して利便性を高めることがロイヤルティ向上に効果的と考えられている。
そして、もう1つの背景が「投資の変化」だ。複数の大手小売業が連合を組んでインキュベーション機関「XRC Labs*2」へ投資することや、ウォルマートも直下にインキュベーション機関「Store No. 8*3」を設立するなど、小売業界全体でITテクノロジーやスタートアップへの投資が進んでいる。
長谷川氏は「こうした環境変化のもと、小売業のデジタルトランスフォーメーションが進み、それを起点に収益が拡大し、IT投資を強化するといった好循環が生まれている。それがGDPを越える成長率へとつながっている」と語る。そして、米国小売業では「NRFでの論点」がその年のトレンドを象徴するのだが、「論点の変化が起きている」との見方を提示した。「2017年にはAmazonへの脅威への懸念から同等のケイパビリティ獲得に邁進する動きが見られたが、2018年にはECを前提とした『リアル店舗』のサービスの拡充へと変化し、2019年には越境戦略としてリテールを超えた新産業への進出が見受けられた」と語った。
2020年に入って、テクノロジーの進化による可能性探求による先進事例合戦は一息ついた感があり、「心地よい買い物体験」という本質の追求に関心が移っているという。以前より、人間的で快適な「ヒューマンエクスペリエンス」に関心が移り、「デジタル×リアルでいかに買い物体験を磨き込んでいくか」が重視されつつあるというわけだ。
この「買い物体験を磨き上げること」に対して、長谷川氏は「フリクションレス(摩擦のない)な買い物体験」「ブランドと生活者の関係を深める買い物体験」「先鋭化する店頭体験」の3つの要素、そしてそれを実現する「リテールテクノロジー」という4つの観点から考察を行った。