本記事は『「組織のネコ」という働き方 「組織のイヌ」に違和感がある人のための、成果を出し続けるヒント』の「はじめに」から抜粋したものです。掲載にあたって編集しています。
ぼくは会社員です。いまの会社に入って20年ほどになりますが、部下は1人もいません。たまたまよいお客さんたちに恵まれたおかげで仕事はとっても楽しいです。
自分ではふつうの会社員のつもりですが、みんなと同じことをやるのがニガテで誰もやっていないことをしがちなので、社内の人からは「ちょっと変わったヤツ」と思われている気がします。
ある日のこと。とあるイベントで、知人のサカザキさんに再会しました。2年ぶりくらいでしょうか。
「いまいる会社の代表が本を出したんです。読んでみていただきたいので、送りますね」とのこと。届いた本が面白かったのでサカザキさんに感想を送ったら、流れでその社長さんと3人でランチをすることになりました。「カリスマファンドマネージャー」と呼ばれている人だそうです。なんか、すべて見透かされそうで怖い……と思いつつ、当日を迎えました。
ランチをしながら自分の会社や働き方について聞かれて答えるうちに、その人・フジノさんは、丸い眼鏡をきらーんと光らせながら、穏やかに言いました。
「あなたはトラリーマンですね」
「とらりーまん?」
フジノさんは続けてこう言いました。
「私の分類では、世の中を元気にする3種類のトラがいます。まず、"ベンチャーのトラ"。起業家ですね。都市を中心に生息し、先進的な技術とビジネス手法でリスクをとって起業し、大きな成長を目指して挑戦する人たち。
次に、"ヤンキーのトラ"。地方にいる元気な若者、いわゆるマイルドヤンキーを束ねて、地元密着型の多業種展開で成長ビジネスをつくる人たち。
そして、第3のトラが"会社員のトラ"、トラリーマンです。最近、会社員でありながら会社の枠にとらわれず自由に自己実現している人がちらほら出てきています。会社の資産を活かしながら突出した成果を上げ、社命ではなく自分自身の使命に従って仕事をしていく人たちです。
起業はハードルが高く、地方で勝負するには地盤が必要だけれど、トラリーマンなら誰でもなれる可能性が開けます。
一番悲しいのは、会社に不満をもちながらも、同調圧力に追い詰められて精神を病んでしまうこと。それならば辞める覚悟でもう一回、会社に自分の居場所をつくり直すという方法があってもいいじゃないかと。私はトラリーマンというコンセプトの発信を通じて、日本の閉塞感を打破したいんです。そんな思いをサカザキにつぶやいてみたら、『いますよ、ピッタリな人が』と紹介されたのが、あなただったのです」
「そんなハナシ、聞いてないんですけど」と思って視線をずらすと、フジノさんの隣でサカザキさんが「むふふ」とほくそ笑んでいました。
まだ状況が飲み込めないぼくを見て、フジノさんは続けます。
「あなたがトラリーマンだという3つの理由を話しましょう。あなたが所属する会社は上場企業であり、すごく規律が利いているイメージがある。それにもかかわらず、あなたはゆるやかなフォームで事業を担っています。こうやって平日の昼間から、なんの仕事でもない相手のところへ出向いて自由に動き回っている。これが1つめ。
さきほど、あなたが自社の事業の存在意義について話してくれるなかで、創業時からのコンセプトとしてワクワク感を大事にしている会社なのだな、ということがあらためて腑に落ちました。会社の理念と自分の使命を重ねて働いているのも伝わってくる。これが2つめ。
さらに、あなたがふだん相手にしているお客さんは、全国各地の経営者が多い。まさに"ベンチャーのトラ"や"ヤンキーのトラ"からも認められている。トラは鼻が利くので、所属先の利益のために仕事をしている人なのか、自分の信念のために仕事をしている人なのかをかぎ分けます。異種のトラたちと仲良くなれるのも、トラリーマンの特徴。これが3つめです」
「ぼくは、どうやったらもっとお客さんの商売が面白くなるかなって考えながら、一緒に遊んでいる感覚なだけなのですが……」
「そう。だから仕事を心から楽しんでいる。トラリーマン的な働き方が世の中にもっと認められていけば、仕事を楽しめる人はもっと増えるのではないかと期待しているのです」
これがぼくとフジノさんとの出会いでした。
申し遅れましたが、著者の仲山進也です。楽天という会社で、楽天市場出店者の学び合いの場「楽天大学」を立ち上げるなど、ネットショップ経営者・運営者さんを応援する仕事をしてきています。
この出会いをきっかけに、ぼくの「トラリーマンを探す旅」が始まることになります。というのも、フジノさんのことをSNSに投稿したら、知人のウェブメディア編集者さんから「トラリーマンと対談していく連載をやりませんか」というお誘いが届いたのです。
いただいたメッセージに「面白そうなのでやりたいです!」と即レスしていました。信頼する人からのお誘いは「はい」か「イエス」で答える習性なもので……。旅立ちにあたって、フジノさんに1つ質問をしました。
「モチーフにトラを選んだ理由はなんでしょう。どういう意味合いがありますか?」
フジノさんは言いました。
「トラは、自由で気ままに生きながら、パワフルであり、実力という牙がある。同じ系統としてネコという生き方もありますよ」
「ネコリーマンもいるんですね!」
「ネコはトラより小さくて可愛らしく、力はそれほどないけれど、やはり自由気まま。組織には属していても、自分の意志がしっかりあるので、ご主人の言うことを聞くかどうかは気分次第。トラにはなれない、という人はネコとして生きる選択肢もあると思います。トラの比較対象となるモチーフは、ライオンです」
「トラとライオンの違いというと……」
「百獣の王であるライオンはトラと同じく強さの象徴ですが、群れで暮らす性質をもっている。いわゆる従来型の企業エリートはライオンを目指していると言えるでしょう」
「なるほど、ライオンは組織に君臨するボス型のリーダーシップスタイルですね。さらに、組織に従順だけどライオンほど力をもたないイヌという生き方も合わせれば、4象限ができますね!」
「おお、できましたね。要は多様性です。どの生き方が尊い、ということではなく、どう生きるかを自分で選び取ることが大事。本来、ネコな人がイヌのように働くとしんどくなります。働き方として、イヌになる以外の選択肢があると示してあげることに意義がありますね」
それから始まったトラ探しの旅で、ぼくは十数人ものトラと対談をすることになりました。トラのなかには、会社員だけでなく、銀行員もいれば公務員もいます。元サラリーマンで現在は経営者という人もいます。なお、公務員の場合は「虎務員(こーむいん)」と名付けました。
この本は、魅力的なトラたちの思考や行動から抽出された「新しい働き方のヒント」を凝縮した1冊です。
自分の強みを発揮し、お客さんに向き合うことで、組織にも社会にも貢献していく。会社からの指示命令がおかしいと感じたら、社命よりも自分の使命を貫くことを選ぶ。強みを活かして価値を生み出すので自然体だし、周囲から必要とされるから長続きする。そうした自由かつサステナブルな働き方の事例とともに、トラの仕事術をたくさん紹介していきます。
ただ、1つ問題がありまして。トラの人たちの働き方は突き抜けすぎていて、一見すぐには真似できそうにないのです。「え? 組織に属していてそんなやり方、本当に可能なの?」と思うようなエピソードに満ちあふれています。
そこで、「トラの共通特性」も整理しました。その思考や行動の本質にある共通点を抽出することで、実は誰でも始められることばかりだと気づけるようになります。
この本では、いきなり「誰もがトラを目指しましょう」と言うつもりはありません。まずは、モヤモヤしながら働いているネコ体質の人、いわば「イヌの皮をかぶったネコ」な人たちに対して、「組織のネコでもいいんじゃない?」という呼びかけから始められたらと思います。
「自分はいままで組織のイヌとしての働き方しかないと思い込んでいたけれど、ネコみたいな働き方を目指していいんだな」と気づく人が増えるきっかけになればうれしいです。そして、すでにトラ的な働き方をしている人にとっては、「自分と同じ匂いがする人たちがこんなにいたなんて!」「孤独だったので励みになる!」などと思ってもらえたら幸いです。
では、「ネコ・トラ」の世界へご一緒しましょう!