DXに取り残された「情報収集」プロセスが課題に
コロナ禍のようなパンデミック、原材料の高騰、世界的な資源獲得競争など、目まぐるしく変化する社会情勢の中で、製造業を取り巻く環境もまた大きな変化に見舞われている。世の中の変化を乗り越えるための方策として注目されるDXについて、日本企業の対応の遅れが指摘されていることはもはや多くの人が知るところとなったが、IPAの「DX白書2021」によると、1,001人以上の大規模企業では、米国並みまたはそれ以上の推進にあることがわかる。また、イノベーションの実現・推進についても積極的な取り組みが進んでいる。
一方、米国並みかそれ以上にDXが進んでいる大企業であっても、DX化出来ていない領域もまだまだ存在する。たとえば「バリューチェーン」については、マテリアルズ・インフォマティックス(MI)やスマートファクトリーなど様々なDX推進がされているが、そこに到達する手前部分の、「リサーチ」や「情報収集」など、アイデアの創出に直結する部分でDXが手つかずとなっており、10〜20年前とほとんど変わっていない状況にあることがわかる。
IDCのレポート[1]によると、ホワイトワーカーの情報収集・文書処理にかかる時間は、週40時間のうち52.5%を占めており、「情報収集」に7時間かかる他、同僚が作った文書や過去に提案されているものなどを探す「文書検索」に5時間、「文書作成」にも9時間と、かなりの時間がかかっていることがわかる。
さらに総務省のデータ[2]と厚生労働省のデータ[3]を基に推定すれば、「情報収集」だけで週に176億円もの“見えないコスト”が発生している。これは製造業のホワイトワーカーに限った場合の推計であり、月で換算すれば業界全体で2,000億円以上ものコストが余計にかかっていることになる。
緒嶋氏は、この非効率な情報収集に膨大なコストがかかり続けている理由について、次の3つを挙げる。1つ目は、Web情報が“爆増”しており、ニュースや技術情報、競合情報などを収集する上で、人力では対応できない状況にあること。2つ目には「情報収集スキル」に不足が生じていること。ストックマークのアンケート結果よると、「情報収集にかける時間を効率化する」という課題に対して57%、「情報収集源を広げる」には51%が「実践できていない」と答えており、課題に感じていることがうかがえる。さらに3つ目としては、“タグ”(情報属性)が付いていない情報が多く、整理や分類・結合などができず管理がしにくいという課題がある。
ではなぜこういった非効率的な業務である「情報収集」が続けられているのか。緒嶋氏は、理由の1つ目に「人的ネットワークによって得た情報に対し、企業が疑問を持ち始めている」ことを挙げている。多くの企業が人的ネットワークによる情報を重視しつつも、確証バイアスを回避し、客観性を持つための情報収集を求めている。さらに2つ目として「業界に精通したプロの記者が提供する記事が貴重な情報源であること」を挙げ、情報源としての有用性に言及。さらに3つ目として「既知情報の掛け合わせこそが価値創造につながることを多くの人が経験から知っている」ことを挙げた。「コストや時間がかかる情報収集であっても、断片的な情報が頭の中で結合し、さらにナレッジ化され、アイデア創出につながっていき、ゆくゆくは価値創造に大きく貢献する」、「その重要性を知っているからこそ、忙しくても情報収集を続けているのではないか」と語った。
実際、OECD(経済協力開発機構)などが策定した「オスロ・マニュアル」(イノベーションに関するデータの収集、報告及び利用のための国際標準指針)によれば、イノベーションは「技術的イノベーション」と「非技術的イノベーション」の2軸で4領域に分類され、「プロダクト」「プロセス」という技術的イノベーション領域については相当にDXが進んでいることが示されている。しかし、「組織」と「マーケティング」という非技術的イノベーション領域についてはまだまだ遅れていると、緒嶋氏は指摘する。そこにストックマークとしては技術を投入し、新しいイノベーションを起こそうとしているというわけだ。
[1] IDC「Bridging the information Worker Productivity Gap in Western Europe: New Challenges and Opportunities for IT」
[2] 総務省統計局「令和3年 労働力調査年報」
[3] 厚生労働省「令和3年賃金構造基本統計調査 結果の概況」