生成AI時代に『シンギュラリティは近い』を改めて振り返る

　レイ・カーツワイル博士の著書『シンギュラリティは近い』（NHK出版／原題：The Singularity Is Near: When Humans Transcend Biology）は、AIに関する社会論の中でも特に有名であり、巨視的なものです。“AIが自己を改良する能力を持つ”技術進化の極点・技術的特異点である「シンギュラリティ」を境に、経済や社会の仕組み全体が根本的に変化する未来が描かれています。

　同氏は、「ある時点を境にテクノロジーの進歩が人間の理解を超え、未曾有の変化をもたらす」と予測しました。これは、AIが人間の職を奪うだけでなく、AIが新たな仕事を生み出し、経済全体が飛躍的に成長する可能性も示唆しています。

　この壮大なビジョンは、一見すると哲学的、幻想的かもしれません。しかし、私たちが直面している具体的なビジネス課題にも示唆をもたらす面があると私は考えています。

　現在、日常的に活用できる生成AIが現実化し、企業活動に浸透してきています。AIがアイデアやテキストを生成し、会話を行い、業務の効率化に寄与しているのです。これは、従来の構造を一新するような根本的な変化であり、現実を咀嚼し正しく位置づけるためには、時に大きく視点を持つことも必要ではないでしょうか。

　カーツワイル氏の著書では、現実的なビジネス戦略のヒントを提供しています。彼が指摘するAIの影響は、経済価値の評価方法、労働の形態、知的生産性の爆発的成長と、その一方での無価値化、といった現実の問題に直結しています。これらの要素は、「生成AI時代」に私たちがAIの適用とその戦略を検討する際、無視できないものです。

現実化しつつあるカーツワイルのビジョンをどう応用するか

　カーツワイルのビジョンでは、AIと人間が融合し、我々の知識や経験を直接デジタル化することが可能になると述べられています。

　当時の世間がこれを技術的に可能だと考えていたかどうかはさておき、彼の論じ方が論証的でないことはよく指摘されており、『シンギュラリティは近い』に様々な批判があるのも事実です。しかし、現状のテクノロジーが進化する速度を考えると、そのビジョンは空想ではないと言えます。AIは既に私たちの生活のあらゆる面で使われており、その能力は日々向上しています。

　カーツワイルの予測は、人間の労働や社会の仕組みについても大きな示唆を与えています。AIが一部の職種を代替する可能性、情報価値の評価方法の変化などは、既に始まっていると言えるでしょう。彼のビジョンが現実化しつつあるのは確かであり、私は特にその視点の巨視性に大きな価値があると考えています。

　同著の中で提唱されているビジョンや予測が、現実のビジネスシーンでどのように応用され、活用されていくのかを考えることは一つのきっかけになり得るでしょう。次ページから、実際に考察を進めていきます。