資生堂のDXを牽引するスペシャリスト集団
冒頭、小椋一平氏は「DXとはデジタルありきではなく、お客様とどう関係をつくっていきたいのかを考えることから始めることが必要だと思います」と述べる。
小椋氏も、現在こそ資生堂インタラクティブビューティーのDX本部でデジタル戦略部長を務めているが、入社して最初は営業や店舗戦略の仕事に携わっており、デジタルではなくオフラインのビジネスの現場でキャリアを積んできた。その後は情報サイトやオンラインショップの開発部門に配属となったが、それまでリアルで向き合ってきた顧客とデジタルの世界でどう関係性をつくるかが、常に考えや行動の根底にあったという。
資生堂ジャパン全体のDX推進を牽引する資生堂インタラクティブビューティーは、2021年に資生堂とアクセンチュアによって設立されたジョイントベンチャーだ。データやテクノロジーを活用した取り組みとして、リアルとバーチャルが融合した店舗体験の支援を行ったり、クラウド対応した肌分析や、デジタルに特化したパーソナルビューティ―パートナー(以下、PBP)によるパーソナルカウンセリング体験などを提供したりと、DX時代の事業推進を支えている。
DX時代の取り組みでも、根底にある姿勢は変わらない
特に、同社の取り組みで最新事例となるのが、皮膚科学研究とAI技術を融合させた独自のDNA検査法を活用したサービス「Beauty DNA Program」だ。DNAの検査結果に基づき、シワやシミのできやすさなど個人が生まれ持った肌の特徴、血中での各種ビタミンの調整能力などに合わせて、美容の専門知識を持ったPBPが化粧品のケアから、食事、睡眠、運動まで、総合的なアドバイスを行うものである。「究極のオンリーワン体験を実現する」という同サービス。デジタルテクノロジーによって、顧客の生まれ持った肌の状態に応じた肌のお手入れ法提案などを通じ、末永く伴走し続けることが狙いだ。
DNAは「個人情報」である。取り扱いには十分な配慮が必要であることから、遺伝情報取扱協会(AGI)が運営する「遺伝情報適正取扱認定スタンダード」を化粧品業界で初めて取得して、人々から安心・安全に利用してもらえるサービスを展開していると小椋氏は述べる。
このプログラムをはじめ、デジタル上で活躍するPBPは、元々は店頭で仕事をしていた社員たちだ。従来はカウンターで顧客を待っていたが、今は個々でInstagramなどのSNSアカウントを持ち、顧客・生活者の生活動線を考慮して必要な情報を発信したり、オンラインカウンセリング、ライブコマースを行ったりと、多岐にわたる活動を日々行っている。既に、PBPたちが自ら自分たちの活動を企画し、その結果を分析してブラッシュアップするというPDCAを回す体制が出来上がっているようだ。
これらは一見、まったく新しい取り組みのようにも思えるが、実は資生堂が江戸時代の創業時からずっと顧客と向き合いながら“美の提供”をしてきた、その手段が時代とともに変わっただけだという。たとえば情報提供なら、美容部員の前身であるミスシセイドウ、また古くは1930年代の『資生堂グラフ』や、1937年に創刊した『花椿』といった雑誌を通じて店頭で行ってきた。スキンケア提案のクラウド肌分析も、100年以上前から似合う色を提案していた「Shiseido Beauty Chart」と本質は同じである。
小椋氏は、「タッチポイントや生活者のライフスタイルに合わせて情報発信などの手段は工夫していますが、姿勢や軸は創業以来150年変わっていません」と語る。