なぜ関電は「飛び地」の新規事業をスケールできたのか
中垣徹二郎氏(以下、敬称略):さきほどまでは、関西電力のイノベーションの歴史についてお伺いしました。電気事業という強力な本業を有しながらも、複数の新規事業を見事にスケールさせ、中核事業にまで至らせたのは改めて驚きです。このあとは、なぜそれが可能だったのかを掘り下げたいと思います。
浜田さんは情報通信事業を中核事業に押し上げた立役者ですが、なぜ関西電力は複数の新規事業を成長させられたと思いますか。
浜田誠一郎氏(以下、敬称略):私たちも明確な答えは持ち合わせていないというのが、正直なところです。私たちがFTTH(家庭向け通信サービス)の事業を立ち上げたときも、ここまで世の中に光ファイバーが普及するとは思っていませんでしたし、社内からの反対の声は絶えず上がっていました。また、FTTHは運良く成功しましたが、それ以外に数十億、数百億の赤字を出して撤退した新規事業も多いです。現在、私自身もイノベーション推進本部の副本部長として投資の意思決定に関わることも多いですが、特別に目利きが優れているかといえば、失敗もしばしばです。
神田康弘氏(以下、敬称略):私たちが強みを出しやすい領域はあるような気がしています。例えば、資本集約型インフラ事業(寡占市場)、地域密着事業ですね。祖業が電力事業ですし、オペレーションエクセレンスな組織もすでに確立されていますから、大きな投資をして、少ないプレイヤーのなかでシェアを維持・拡大していくビジネスには向いているのかもしれません。寡占市場となる通信事業や地域密着の不動産事業がこれに当てはまります。
浜田:たしかに、組織特性が優位に働いている部分はあったかもしれない。ただ、FTTH事業に関しては、情報通信が成長市場だったことも要因として大きかった。新規事業の命運は、市場の動きなど外部環境が握っている部分も大きいので、なかなか1つの要因で説明するのは難しいですね。だとすると、新規事業を成功させるためには、さまざまなアイデアにチャレンジしつつ、それぞれの事業を適切に評価して取捨選択していく、パイプライン管理やポートフォリオ管理が重要なのではないかと。
中垣:なるほど。では、関西電力では新規事業のパイプライン管理やポートフォリオ管理をどのように行っているのでしょうか。
神田:グループの事業ポートフォリオ管理は、経営企画室が中心となって定期的に見直しを行っています。また、新規事業のパイプライン管理は各事業部門が行いますが、イノベーション推進本部が担当する社内起業制度である「かんでん起業チャレンジ制度」においても、起業前・起業後のパイプライン管理を徹底しています。
この制度の特徴は、発案者が社内ベンチャー企業に最大49%まで出資できること、最大5年間出向し経営者として社内起業できることです。そして、5年後に一定以上の業績を上げていれば、社内ベンチャー企業を関西電力グループが買収してスピンインさせたり、その逆に業績が芳しくなければ事業売却や清算したりします。新規事業は中止判断が難しいとよく言われますが、起業後も期間を定めて事業継続の是非を評価する仕組みがあって、それを愚直に運用しつづけているのがポイントですね。
中垣:社内から新規事業案が生まれやすいように意識しているポイントはありますか。
神田:「トップダウンだけでもボトムアップだけでも、良くない」というのは意識しています。現場からのボトムアップで新規事業案が生まれるのが理想ですが、「なんでもいいからアイデアを持ってこい」と呼びかけるだけでは、企画担当の人間は困惑しますよ。売上が欲しいのか、利益が欲しいのかで検討対象となる事業も変わります。会社が求めるKGIを明確にすること、その実現に向けて、会社として許容できる投資額、黒字化までの時間軸など、制約条件を明確にすることは我々の仕事です。
ただし、それらが明確になったとしても、トップダウンで新規事業を押し付けると、自分の経験上もマネジャーなどの反発を招くことも多いですし、企画担当のモチベーションと会社の戦略性の両方が必要なのだと思います。
浜田:私もそう思いますね。経営層には既存事業の常識や枠組みが染み付いていますし、全く新しいアイデアをゼロから生み出すのは難しいはずです。その点では、現場のモチベーションや尖った社員の発想を生かすのは大切。しかし、一方で、そのアイデアを事業化してスケールさせるためには資源投入が欠かせません。新規事業に配分するリソースをどのように確保し、それによって発生する既存事業との軋轢をいかに解消するのか。経営陣の手腕が問われるのは、その部分なのでしょうね。