イノベーションの常識に潜む罠
社内で新規事業のアイデア募集を行うとき、「なんでもいい」「自由な発想を!」と自由な発想を促してしまいがちです。というのも、会社が求めるアイデアを指示することは、制約を与えることでアイデアの幅が狭まるのではないかと感じてしまうからです。ですが、会社の求めるアイデアを明示する方が、数・質ともに優れたアイデア募集になることがわかっています。
また、医療機器メーカーや化学メーカーなど技術主導の企業や、B2B事業を中心した企業では、ジョブ理論のような顧客起点のアプローチは向かないと感じている企業も多く見受けられます。B2Bの顧客は、価格性能だけで購入決定をしているという前提があるのではないでしょうか。しかし、B2Bの事業こそ、ジョブ理論のようなアプローチでニーズを分析することが成功するために重要になります。
さらには、社内新規事業は若手や花形事業部のエースに任せたくなるというのもよくある直感的な考えですが、このアプローチはあまり良い結果を生まないことがわかっています。
新規事業を成功させるためのコツは、さまざまな書籍やBiz/Zineのようなウェブメディアなどを通して、たくさん共有されてきています。私たち著者らがINDEE Japanを創業したころと比較すると、「リーンスタートアップ」「デザイン思考」「オープンイノベーション」「ジョブ理論」といった概念が共通言語として多くのビジネスパーソンに知れ渡り、理解されるようになりました。イノベーションとしての集合知が高まっている状態だと言えると思います。
しかし一方で、このような情報やノウハウが増えた結果はいかがでしょうか。
情報やノウハウが普及しているなら、成功確率が上がっているはずなのですが、そのような実感はありません。むしろ実際は下がっているという調査結果もあります。知識は増えているものの、苦戦している事実は、他国と比較したGDPや、スタートアップの数、大企業の時価総額など数多くの指標にも表れていると考えられます。
そう考えると、情報量がふんだんにあることには弊害もあると言えそうです。
例えば、私たち人間は情報が豊富にある状況に置かれるとそれだけで安心し、まるで対象が簡単なものであると錯覚してしまう傾向があります。新規事業をより詳しく説明できるからといって、より実行可能になるとは限らないのです。エベレスト登山のガイドブックが増えても、登山が楽になるわけではありません。
情報量が増えたとしても、新規事業を成功させるのは難問には変わりません。どちらかというと、超難問だと言えるでしょう。そして、技術や市場の変化が加速するに伴い、イノベーションの難易度は高まっているかもしれません。
情報が増えることで安心し、安易に考えてしまうことは、知識やノウハウとは異なり、無意識や直感の作用です。そして、これらの無意識や直感は、ときおり新規事業の大きな罠へと陥れてしまう危険をはらんでいます。そして、罠に陥った方々にその経緯を聞くと、「アタマではわかっていたんだけど……」と言い、気がついた頃にはやるべきことから「大きくズレていた」と言います。