多くの企業が両利きの経営を誤解している
登壇者の一人である東浦亮典氏は、1985年に東京急行電鉄(現 東急)に入社し、都市開発部門を中心にキャリアを重ねてきたまちづくりのエキスパートだ。2000年に開業した屋外型アウトレットモール「グランベリーモール」など、先進的都市開発プロジェクトを数多く手がけてきた。
一方、紺野登氏は多摩大学大学院において知識創造理論を専門に研究教育を行う傍ら、一般社団法人Japan Innovation Network(JIN)の理事として、イノベーション創出のマネジメントシステム「IMS」や、その国際規格であるISO56000シリーズの導入を手がける実践活動も手がけている。
イノベーションをキャリアの主軸としてきた両者の対談は、紺野氏の問題提起から口火を切った。
「そもそも両利きの経営は誤解されていませんか?」(紺野氏)
文字通りの「利き手」の例えを用いて、紺野氏は続ける。
「両利きの経営というと、利き手で例えれば、右手と左手の両方が使えれば両利きと捉えられがちです。箸は右手、鉛筆は左手というのは『クロスドミナンス』といって厳密には両利きではない。本来の両利きは左右どちらでも描くことができます。つまり、既存事業(古いシステム)と新規事業(イノベーション)を並べて行うことではなく、双方でイノベーションを推進できる経営システムや組織文化を獲得するのが、本来の意味での両利きの経営なのです。多くの企業が、この点を誤解する傾向があり、今一度、両利きの経営の概念を捉え直してはどうかと思っています」(紺野氏)
さらに、紺野氏は、両利きの経営とは「日本的な曖昧さ」と相性のよい経営戦略だと話す。かつて、米国の企業経営における基本的戦略は、資源の活用(exploitation)と開発(exploration)を対立的に捉えて、その一方を選択するアプローチだった。
こうしたなかで、日本の製造業における「すり合わせ」など、組織や役割を明確に分けない経営戦略は「曖昧だ」と批判されてきた。しかし、両利きの経営では、資源の活用と開発を両立するため、日本的な曖昧さと極めて親和性が高い。米国を中心に広がった両利きの経営だが、その源流は日本にあるというのが紺野氏の見立てだ。
そして、その日本において、本来的な意味での両利きの経営を実践しているのが、東急ではないかと紺野氏は述べた。東急は100年以上の歴史のなかで既存事業である鉄道事業をアップデートしながら、数々の新規事業を打ち立ててきた。だとすれば、その背後には、既存事業と新規事業を同時に推進できる経営システムや組織文化が息づいているはずだ。紺野氏は「ここまでは私の仮説です」と述べ、東浦氏に意見を求めた。