メンバーレベルが大企業を動かすのは非常に難しい
大企業をメンバーレベルの立場から動かすには? という問いに対しては私自身も正直、明確な答えが出せていません。とはいえ、幸運なことに実際に日々奮闘している方々を支援している立場から、このように頑張っている人もいますよ、こういう風に取り組めるのでは? と、いくつかの例を提示することはできます。

そもそも大企業は機動的に動くべきなのか。この問いは明確に「NO」であると考えます。
機動的な意思決定をしている例として、スタートアップを考えてみましょう。スタートアップの意思決定の速さはすさまじいものがあります。元々の事業をたたむ決断をしたり、海外に進出したり、あるいは撤退したり、新しい事業にメンバーを集中投入したりと、大胆な決断の連続です。
失敗すれば会社全体が傾くこともあるような、難しい決断を迫られ続けます。極めてストレスフルなそんな意思決定を行い続けるのは、(時として出資者にとって)望ましい水準まで成長するためです。出資者に高い成長を信じてもらえなければ、次回の資金調達時には思いのほか低い企業価値で見積もられることになります。そのため、なりふり構っていられないのです。

一方で、大企業にお勤めの方から「うちの会社は動きが本当に遅い」「ずっと変わらないまま、別に何も新しいことなんてやっていない」という嘆きを聞くことがままあります。
私自身も思い返せば、前職の戦略コンサルティングファームにて新規事業創出のためのM&A戦略策定に携わった時、同じ思いを抱いたことがありました。その案件では、クライアント企業の技術的強みを分析したうえで、買収する企業候補とそれによって進出すべき事業領域について提案を行いましたが、半年以上のプロジェクトを終えても結局、その提案が実現されることはありませんでした。
今振り返れば内容の至らなさや長期計画との整合性など様々な事情があったのだろうと思えるのですが、そのころの私は「あんなにクライアント企業の経営陣も一緒になって、この領域しかない! と納得するほどに検討をしたのにどうして何も行動が起きないのか? 変わるつもりがないのではないか?」と上長に八つ当たりをしたことがあります。上長から「そもそも、大企業はすぐに動くべきではない生き物ですよ。何万人もの雇用を抱えているのだから、拙速に動くべきではないでしょう?」と諭され、そこで初めて自分の至らなさ、想像力のなさに気づいたのでした。

大企業は意思決定に時間がかかりますが、そもそもそういう存在なのです。大企業がスタートアップと異なる点の1つは、顧客との約束をどれだけ多く・長く守ってきたかでしょう。大企業にまで成長するためには、顧客との約束を守り続けることが必要でした。そして、大企業であり続けるために、その約束をこれからも守り続けられるような組織であることが求められています。
しかし、新陳代謝のない企業は存続できません。ここでいう新陳代謝とは、新しいアイデア、新しい仕組み、新しいツール、新しい取り組み方をどんどん取り入れて試す企業風土を指します。
「自分がやってみたいからやる」という内的動機よりも「言われたからやるしかない」という外的動機が増大し、社員一人ひとりの自発的な変化が消えていった結果、市場や世相の変化に気づけず、需要をつかみ損ねてしまう……そうなってしまえば、せっかく大切にしてきた顧客との約束だって、もう守れなくなってしまいます。
では、大企業を動かし、新陳代謝をもたらすにはどうしたらよいでしょうか。さらに難しい条件として、社長・役員レベルではなく、メンバーレベルの立場からは何ができるでしょうか。
