「人の気持ち」が起点の新規事業は成功する
新規事業を立ち上げる際、私たちは「どんな技術を使うか」「どんな機能を搭載するか」といったプロダクト中心の要素に意識が向きがちです。しかし、私がデザイナーとして数多くの現場に立ち会ってきた経験から強く感じるのは、新規事業を成功に導くためには「人の気持ち」から考えることが極めて重要だということです。
なぜ「人の気持ち」がそれほど重要なのでしょうか。理由は大きく2つあります。
1つは、生活者の感情に寄り添い「共感」することで、何が本当の課題なのか、すなわち正しい「問い」を立てられるからです。自分たちの視点だけで「これが課題だ」と決めつけてしまうと、的外れな解決策に陥るリスクが高まります。
もう1つは、機能性だけでなく、「心を動かす」感性的な価値こそが、市場で「選ばれる理由」になる場面が増えているからです。モノやサービスがあふれる現代において、単に便利なだけでなく、感情に響く体験をいかに提供できるかが、成功の鍵を握っています。

デザインと聞くと、突然インスピレーションが湧き、美しいスケッチを瞬時に描くような姿をイメージされるかもしれません。しかし、その実態は「人が何を嬉しいと感じ、何を不安に思い、どんな期待を抱くのか」という「人の気持ち」を正しく捉える営みから始まります。この「共感」を通じて生まれた新しい「問い」や「価値」は、プロジェクト全体の方向性を支える強固な土台となり、新規事業を成功へと導く大きな原動力になるのです。
生活者の日常に潜入! 課題の解像度を高める手法
生活者に「共感」し、正しい「問い」を立てることの重要性について、もう少し掘り下げてみましょう。
新規事業開発の現場では、熱意あふれるアイデアが次々と生まれます。しかし、その多くが「作り手視点」のままで進んでしまい、ユーザーの実態と「ズレ」が生じてしまう光景は、決して珍しくありません。私がデザイナーとしてプロジェクトに参加する際、このズレをなくすために心がけるのは、ユーザーの日常を想像し描き出すことです。これは、デスクで仮想のペルソナを設定するだけの作業ではなく、リアルな生活環境にできる限り入り込み、感情の機微を肌で感じ取ることを意味します。
たとえば、朝起きてから夜寝るまでの時間軸の中で、ユーザーはいつ、どんなシーンでそのプロダクトやサービスに触れるのか。どんな気持ちでその選択をし、どんな期待や不安を抱いているのか。こうした「日常の流れ」を意識することで、単なる機能の提供ではなく、「体験」としていかに価値が生まれるかを具体的に描けます。
この「日常に潜る」アプローチは、机上でアンケート結果を分析するマーケティングリサーチとは少し異なります。私たちデザイナーが主に行うのは「デザインリサーチ」と呼ばれる手法です。実際に現場へ足を運んでユーザーに話を聞いたり、製品を使っている姿を観察したりすることで、生活者としての人間像を立体的に理解します。ビジネスサイドの方からすると「なぜ、そこまで時間をかけるのか?」と思われるかもしれません。しかし、このプロセスを省略すると、初期段階でユーザーの本質的な課題を見誤り、プロジェクトの方向性が大きくズレてしまう危険があるのです。
デザインリサーチには様々な手法がありますが、ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。ご興味があれば、ぜひ詳しく調べてみてください。

こうした手法を用いてユーザーの「日常に潜る」ことで、彼らが本当に困っていることは何かという課題への解像度が高まります。それは結果的に、「何を解決すべきか」という正しい問いを導き出し、アウトプットとしてのプロダクトやサービスの質を高めることにつながるのです。