破壊的イノベーションには経営の“我慢”も必要
──ここからは、DXのつまずきポイントについてうかがいます。PoCは成功したものの、それが全社的な本格導入や事業化につながらない「PoC止まりの壁」に多くの企業が直面しています。ミスミもそのような壁に直面したことはありますか?
清水:PoC止まりになることもなくはないですが「これで十分なROIは見込めないな」と思ったら止めるだけですね。何のための検証なのかが明確であれば、PoC止まりを悲観する必要はないと思います。

清水:DXで新しいチャレンジをする際は、推進側に「解く力(ソリューション)」と「動かす力(社内調整)」そして経営側に「課題設定力」と「リスク許容力」が求められます。
──経営サイドが持つべき「リスク許容力」とは、具体的にどのようなことでしょうか。
清水:失敗を許容してポートフォリオで考えることです。たとえば、ミスミの「meviy(メビー)」というサービスは、設計CADデータをアップロードするだけでAIが自動で見積書を作成し、最短一日で部品を届ける画期的な仕組みで、内閣総理大臣賞も受賞しました。しかし、全社で存在感のある売上に成長するまで数年かかりました。この期間を「未来への投資」として我慢できる経営の覚悟がなければ、破壊的なイノベーションは生まれません。
──樋口さんが現在いらっしゃるロート製薬は、創業126年という歴史ある老舗企業です。そのような企業で変革をリードするにあたり、苦労した点や意識されていることはありますか?
樋口:私の場合は、長い歴史を持つ企業においてその経営を深く知り、自分ごと化することが第一歩です。経営を知らなければ表面的な話にしかなりません。
私はロート製薬の126年の歴史を何度も振り返りました。過去にどのような変曲点があり、今のロート製薬が形成されたのか。その文化や現場の現実を、経営に長く携わる皆さんと同じように自分ごと化して理解すること。デジタルの手段(D)を語る前に、歴史を知り30年先の景色(X)を描くための「解像度」を上げることが重要です。
現場のリアリティを知れば変革は“自分ごと”になる
──清水さんがDXリーダーとして意識されていることもうかがえますか?
清水:一つは「安全運転」です。やりたいことがあっても、順番を守らなければ組織が壊れてしまいます。その上で、私は「LEADER」という言葉を大切にしています。これは、東芝三菱電機産業システムでCMOを務められた小林永芳さんの論文で教わったリーダーシップ論です。
L:Lisk(リスクを取る)
E:Encourage(励ます)
A:Appreciate(感謝する)
D:Dedicate(権限委譲する)
E:Empower(力を与える)
R:Respect(尊敬する)
もう一つは、自分の“こだわり”をあえて小さく絞り込むことです。すべてのことに口を出すのではなく、突き刺すべき一点だけにこだわり、それ以外は自由にやってもらう。この「信頼」と「こだわり」のバランスが、サステナブルな変革には不可欠です。
──最後に、企業のデジタル変革をリードするお立場で悩む参加者に向けて、お二人からメッセージをお願いします。
樋口:まずは「自社のことを徹底的に知り、好きになること」から始めてください。歴史や文化、現場のリアリティを知れば知るほど、変革は“自分ごと”になり、何とかしたいという欲求に変わります。
解像度が低いまま、AIだITだと技術の話をしても空回りするだけです。多くの人に会い、一次情報を集め、自分で仮説を作ってぶつける。その泥臭いプロセスの積み重ねが、DXを推進する力になります。
清水:ミスミでは2025年より、AIエージェントによる業務変革を本格始動させました。3,000万点もの部品に関するテクニカルサポートを、これまではコールセンターのベテランオペレーターが対応していたのですが、今はAIが30秒で回答しています。これは人を減らすためではなく、生産性を10倍に向上するための取り組みです。考えるときは大きく、進めるときは安全に。何か一つでも持ち帰っていただけるヒントがあれば幸いです。
──お二人とも貴重なお話をありがとうございました。
