意外!?AIを活用していなかった●●層
一方で「いくつかの重要な課題も浮かび上がってきた」と山本氏。たとえば2024年10月時点では、全従業員の約50%しかAIを活用しておらず、同社が掲げる80%の利用率目標には距離があった。この浸透不足の要因として、山本氏は次の2点を挙げる。

1.心理的安全性の欠如
従業員は「AIガイドラインを遵守して利用できるか」という不安や「AIを使ってサボっていると思われるのではないか」という心配を抱えていた。前者は、基盤となるツールによって強制力を高めることで対応できるが、後者の文化的な課題はより根深い。同社では、AI活用による業務効率化を全社的な表彰制度と結びつけることで、AIを活用すること自体が評価される文化を醸成しようとしている。
2.管理職の利用不足
同社では、経営層と一般ユーザー層のAI利用率が高い一方で、課長クラスの利用が不足していることが明らかになった。「課長クラスが業務の全体像を把握し、AIを活用した改善提案を行ってこそ、部署全体の余力創出や人員配置の最適化を促すことができる」と山本氏。この課題に対しては課長陣と個別に相談しながら、それぞれの部署でAI活用による効果を生み出すための取り組みを企画している。
これら2点は、多くの企業がDXを推進する中で共通して直面する課題だろう。トヨタコネクティッドの事例は、技術的な解決策だけでなく、組織文化やマネジメント層の意識変革が不可欠であることを示唆している。
まとめ
トヨタコネクティッドの取り組みから得られる最も重要なインサイトは、生成AIの導入が成功するか否かは、単なる技術導入の巧拙ではなく、組織の心理的・文化的な変革にかかっているという点であろう。
同社が初期段階で生成AIを「戦略的パートナー」と位置づけたことは、単なるスローガンではなく、従業員のエンゲージメントと結びつく本質的な意味を持っていた。業務効率化を通じて「何ができるのか」という“わくわく感”と、具体的な成果を出せたことへの誇りが、AI活用へのストレスを低減させ、前向きな取り組みを促すのかもしれない。
また、非エンジニアが自力で業務改善アプリを開発する事例が生まれたことも大きい。適切なプラットフォームと教育プログラムがあれば、従業員一人ひとりの創造性と内発的な動機が引き出されることを示唆しているためだ。これは、従来のトップダウン型DXが陥りがちな一部の専門家への依存から脱却し、全社員がAIの恩恵を享受できる“AI-Ready”な組織へと進化するための鍵となる。
一方で、心理的安全性の確保や課長層の利用不足などの課題は、技術的基盤が整った後で顕在化する、組織変革の本質的なボトルネックと言える。AI活用が評価される文化を醸成し、中間管理職層がAIの価値を理解し、自部署の変革をリードするようになるためには、個別のサポートや具体的な成功事例の共有を継続的に行う必要があるだろう。
トヨタコネクティッドのAI推進は、技術的な側面だけでなく、人々の働き方や組織文化そのものを変革しようとする大きな試みである。今後、同社はAIを単なるアプリではなく、エージェント構想を含む生成AI活用基盤へと昇華させていく計画だ。これは、AIが個々の業務を効率化するだけでなく、より複雑なタスクを自律的に実行する未来への布石になるかもしれない。