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なぜ“優秀な管理職”は経営者になれないのか──立教大学・田中准教授と紐解く、次世代経営者育成の現在地

ゲスト:立教大学 経営学部 准教授 田中聡氏

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「How」の専門家である管理職と「Why」の探求者である経営人材の決定的な違い

田中聡
立教大学 経営学部 准教授 田中聡氏

栗原:経営人材育成が経営課題の一番手として20年以上も解決されず、近年ではさらに困難で複雑になっているという状況をお聞きしました。多くの企業が「最も優秀な管理職」を経営人材候補に据えようとしますが、その前提自体がそもそも間違いの始まりだと先生は指摘されています。管理職と経営人材の決定的な違いとは何でしょうか。

田中:管理職と経営人材は「全く異なる種の生き物」と言えるほど質的に根本的な違いがあるという認識が不可欠です。それは能力の優劣ではありません。両者の違いを端的に表現するなら、管理職の役割は「Doing things right(物事を正しく行う)」、経営人材の役割は「Doing the right things(正しいことを行う)」ことです。

管理職と経営人材の違い
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 「物事を正しく行う」管理職は、与えられた課題を、いかに効率的・効果的に解決するかを追求する役割を担います。彼らが向き合うのは、リソース配分や業務プロセス管理といった「複雑性(Complexity)への対処」です。思考様式は、解決策や実行手順を突き詰める「How型」。時間軸は四半期や単年度の短期で、責任範囲は自部門のメンバー、視点は「自部門最適」に向かいます。これは組織運営に不可欠な役割です。

 一方で、「正しいことを行う」経営人材は、そもそも企業として「何をすべきか」という根本的な問いを立て、進むべき方向性そのものを定義する役割を担います。彼らが向き合うのは、市場の変化や技術の進化といった、答えのない「不確実性(Uncertainty)」です。思考様式は、自社・事業の存在意義を問う「Why型」、そして未来のビジョンを描く「What型」へと変わります。

 創業期から現在、そして5年、10年先を見通す歴史的な視点が求められるため、時間軸は非常に長期となり、責任範囲は全ステークホルダーに及びます。当然、視点は「全社最適」、さらには「社会起点」でなければなりません。このように、両者は思考のOSから視野、時間軸、責任範囲のすべてが全く異なるのです。

成功体験を“成仏”させる「アイデンティティの変革」

栗原:その「全く異なる生き物」への変化は、一筋縄ではいかないように感じます。具体的には、どのような困難が伴うのでしょうか。

田中:まさにその通りで、この役割転換は単なるスキルアップといった類の次元ではありません。私はこれを「生まれ変わり」と比喩的に表現しています。心理学者のウィリアム・ジェイムズが提唱した「二度生まれ(twice-born)」という概念を援用[1]すると、「一度、有能な管理職であった自分をきちんと“成仏”させ、経営人材として新たに生まれ変わる」プロセスだと捉えています。

 ここでの最大の障壁は、皮肉なことに「管理職としての成功体験」そのものです。たとえば、緻密な計画と進捗管理で常に目標を達成してきた「実行のプロ」が、答えのない不確実な世界で「Why」を問い続ける役割に移行したとき、「全く通用しない自分」に強いストレスを感じ、無意識に過去の得意なやり方、つまり「How」の議論に逃げ込んでしまうことがあります。

 また、部下を守り、自部門の利益を最大化することで評価されてきた人が、経営者として全社のために痛みを伴う意思決定を下さなければならないとき、その役割の転換に耐えられなくなることもあります。

 これは、これまで自分を支えてきた思考のOSや行動様式を、一度自ら否定し、手放すことに他なりません。非常に苦しく、痛みを伴う心理的なプロセスです。この「生まれ変わり」の困難さを理解せず、「管理職の延長線上に経営者がいる」という安易な前提に立つことが、多くの企業で経営人材が育たない根本原因だと考えています。

 この「生まれ変わり」とも呼ぶべき非連続な役割移行を個人任せにせず、企業としていかに戦略的に支援できるかが、経営人材育成の成否を分ける鍵となります。


[1]ウィリアム・ジェイムズ『宗教的経験の諸相』桝田啓三郎訳、岩波文庫、1958年

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「実績」から「ポテンシャル」へ。早期選抜と性格特性を重視する理由

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この記事の著者

栗原 茂(Biz/Zine編集部)(クリハラ シゲル)

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