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次の経営者にいかになるか

なぜ“優秀な管理職”は経営者になれないのか──立教大学・田中准教授と紐解く、次世代経営者育成の現在地

ゲスト:立教大学 経営学部 准教授 田中聡氏

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 「経営人材の育成」は、日本企業が20年以上も抱え続ける「不動の経営課題」だ。多くの企業が試行錯誤を繰り返すも、いまだ特効薬は見つかっていない。なぜ、この課題はこれほどまでに根深く、解決が困難なのか。環境変化のスピードが増し、事業の根幹からの変革が求められる今、その重要性はかつてなく高まっている。本連載は「次世代経営者育成」をテーマに、人的資源管理論、組織行動論を専門とする立教大学 経営学部 准教授の田中聡氏が、事業会社の経営層の方々との対談からその実践知を探索する企画。今回は、田中氏が考える「経営人材」における課題や潮流などを聞く。

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経営課題のトップに居座り続ける「古典的な3大問題」とは

Biz/Zine編集部・栗原茂(以下、栗原):先生は「経営人材育成」が20年以上にわたり、組織・人事課題の不動のトップであり続け、最近では「最重要経営課題の1つ」にもなっていると指摘されています。多くの企業が長年取り組んでいるにもかかわらず、なぜ解決に至らないのでしょうか。その構造的な要因をお聞かせください。

田中聡氏(以下、田中):この問題の根深さは、「長年取り組んできたのに解決できない」という点に集約されます。その背景には、日本企業の人事システムに深く根ざした、「古典的な3大問題」と呼ぶべき強固な壁が存在します。それは「1:選抜」「2:異動・配置」「3:抜擢」の3つのフェーズで、育成プロセスを機能不全に陥らせる障壁です。

経営人材育成プロセスにおける「古典的な3大問題」
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 第1の壁は「選抜」です。将来の経営を担う人材を早期に見出しても、多くの企業はその事実を本人にすら伝えません。「選ばれなかった大多数の社員の士気を下げるべきではない」という平等主義に基づいています。しかし、この平等主義にもとづく配慮は候補者本人から「特別な期待を寄せられている」という自覚と覚悟を促す機会を奪います。自分が候補者だと知らされなければ、困難な課題に挑む動機も、経営者の視座を意識的に高める意欲も生まれにくく、育成のスタートラインですでに躓いているのです。

 最近では、選抜対象であることを本人に伝えないまま時間が経過し、ようやく内示できる段階になった頃には、すでに他社への転職を決めてしまっている、といったケースをよく耳にします。これは企業と個人の双方にとって非常にもったいない状況ですね。

 第2の壁は「異動・配置」です。経営人材の成長には、事業の立て直しや海外での新規事業立ち上げといった「修羅場」経験が不可欠です。しかし、事業部制を採用する多くの企業では、各部門が部門最適な観点で短期業績を最大化しようとするため、エース人材を本社人事に出したがらない「人材の抱え込み」が横行します。

 人事が全社最適の視点で戦略的な異動を打診しても、「2番手、3番手の人材しか出てこない」事態に陥りがちです。これでは、最適な候補者に最も成長につながる経験を提供することができません。

 そして第3の壁が「抜擢」です。育成プロセスを経て、いざ経営幹部へ登用する最終段階で、「年功人事」という壁が立ちはだかります。能力や実績が十分でも、「まだ若い」「先輩を飛び越えさせられない」といった理由で抜擢が見送られるケースは後を絶ちません。この三重苦が、日本企業の経営人材育成を長年停滞させてきた根本原因です。

より深刻化する「シン・3大問題」と人材枯渇の現実

栗原:その古典的な問題に加え、さらに状況が深刻化していそうですね。

田中:その通りです。古典的な問題が制度の「内」なる課題とすれば、近年は社会や労働市場の変化という「外」からの影響を受け、私は「シン・3大問題」と呼ぶべき、より深刻な課題に直面していると考えます。

経営人材育成プロセスにおける「シン・3大問題」
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 1つ目、「人材プールの枯渇」です。そもそも経営人材候補となるべき優秀層が、企業内にほとんどいなくなっているという現実です。若手・中堅層のキャリア観は大きく変化し、終身雇用を前提とせず、より早い成長機会を求めて転職することが当たり前になりました。特に優秀な人材ほど、昇進が遅い伝統的な企業に見切りをつけ、20代後半から30代前半で流出してしまうのです。「40歳前後で選抜する」という悠長なモデルでは、もはや候補者そのものを確保することすら困難です。

 2つ目は、「育成・評価の欠如」です。仮に候補者を困難なポストに配置できても、その後のフォローがあまりに手薄だという現状です。「厳しい環境に置けば人は勝手に育つ」という精神論に頼った「修羅場信奉の罠」に陥っている企業が多いのです。しかし、ただ放置するだけでは候補者は疲弊し、最悪の場合は潰れてしまいます。困難な経験を成長につなげるには、客観的に振り返り、学びを抽出する「内省」のプロセスが不可欠であり、その支援がない修羅場経験は単なる「苦行」にすぎません。

 そして3つ目が、「着任後の支援の欠如」です。多くの企業で、経営人材育成は「経営職に就くまで」の育成プログラムと見なされています。実際、経営人材育成というとき「次世代の」という枕詞がつくのもその証左といえるでしょう。

 しかし、本来は経営職に就いたDay1からが本当の意味での「経営人材育成」のスタートです。ただ、現実的には、現役経営陣に対して人事が「あなたの成長を支援します」と働きかけることは「おこがましい」という文化的タブーもあり、「経営職就任後の成長支援」という重要なテーマが抜け落ちています。これらの新しい課題が、古典的な問題と絡み合い、事態をより一層困難にしています。

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「How」の専門家である管理職と「Why」の探求者である経営人材の決定的な違い

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この記事の著者

栗原 茂(Biz/Zine編集部)(クリハラ シゲル)

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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