「実績」から「ポテンシャル」へ。早期選抜と性格特性を重視する理由
栗原:管理職と経営人材への移行は「生まれ変わり」という言葉が印象的なお話でした。経営人材育成の新しいモデルとして、先生は「戦略連動・パイプライン型」を提唱されています。その核心となる「選抜」の考え方について、具体的に教えてください。
田中:従来の「実績重視・勝ち残り型」モデル、つまり過去の実績ベースで管理職を順に昇進させるやり方では、「管理職と経営人材の断絶」は乗り越えられません。これからの育成は、企業の未来を創る経営戦略と連動し、将来の可能性、すなわち「ポテンシャル」を重視する「戦略連動・パイプライン型」へと転換する必要があります。その選抜における最大のポイントは「早期化」と「要件の転換」です。

まず「早期化」ですが、これは単に若い人材を抜擢するという意味に留まりません。最大の目的は、視座の転換や複雑な意思決定能力を育むのに不可欠な、多様で質の高い経験を積むための「時間的猶予」を確保することです。40歳を過ぎてからでは、経験できるタフアサイメントの数も種類も限られます。JT社が内定者の段階から候補者を選抜・育成しているように、20代のうちから経営に近いポジションを経験させるなど、早期から「経営を自分事として捉える」意識を醸成し、長いとき間をかけて計画的に育成することが可能になります。

もちろん、早期選抜には「選ばれなかった人のモチベーションをどう維持するか」という課題が伴います。しかし、先ほどもお伝えしたように、平等主義にもとづいて選抜を曖昧にするリスクが今まさに顕在化しています
私はむしろ一人ひとりを個として丁寧に扱い、選抜対象者であることを本人にも周囲にもオープンにする「健全な特別扱い」を推奨しています。選抜の基準を透明化し、選ばれなかった人にも「何が足りないのか」「どうすればプールに入れる可能性があるのか」をフィードバックする。そして、一度選抜から外れても再挑戦できるような流動性のあるタレントプールを運用することで、組織全体の成長意欲を高めることができます。
リスクを見抜く視点、注目される「ダークトライアド」とは
栗原:もう1つのポイントである「要件の転換」とは、具体的に何を見るべきなのでしょうか。
田中:過去の業績やコンピテンシーといった「目に見える実績」だけでなく、その人の内面にある「性格特性(パーソナリティ)」を深く見極めることが重要です。不確実な未来を乗り切るためには、スキルや知識以上に、その人の持つ価値観や志向性といった個人的特性が、意思決定の質を大きく左右するからです。
特に近年、経営人材のリスク要因として世界的に注目されているのが「ダークトライアド」と呼ばれる3つの反社会的な性格特性です。具体的には、「1:マキャベリズム(目的のためなら平気で嘘をつき、他者を道具として利用する傾向)」、「2:サイコパシー(共感性が著しく低く、衝動的で冷淡)」、「3:ナルティシズム(過剰な自己愛と万能感を持ち、他者からの賞賛を常に求める)」の3つを指します。[2]

これらの特性を持つ人物の最も厄介な点は、短期的には高い成果を上げることがあり、管理職レベルでは「実績を上げる有能な人材」として評価されやすいことです。たとえば、マキャベリストは社内政治を巧みに利用してプロジェクトを強引に進め、ナルシシストはカリスマ的な言動で部下を一時的に鼓舞することもあるでしょう。
しかし、こうした人物が経営トップという強大な権力を持つと、時にその負の側面が暴走するリスクがあります。共感性の欠如から非倫理的な意思決定を平然と下したり、自己愛を満たすためだけに企業のリソースを私物化したりと、組織に壊滅的なダメージを与えるリスクは軽視できません。選抜の段階で、多面的な評価(360度評価など)や外部のアセスメントツールを活用し、こうした潜在的なリスクを慎重に見極める視点が、これからの経営人材選抜には不可欠と言えるでしょう。
[2]Furnham, A., Richards, S. C., & Paulhus, D. L. (2013). The Dark Triad of personality: A 10 year review. Social and personality psychology compass, 7(3), 199-216.