FP&Aが目指す「企業価値」の本質
栗原:FP&Aの目的は「株主価値の向上ではなく、企業価値の向上である」と強調されていますね。この違いについて改めてご説明いただけますか。
石橋:コーポレート・ファイナンスが定義する「事業価値」とは、各事業部が将来生み出す予測フリー・キャッシュフローの現在価値です。また、「企業価値」とは事業価値の総和なので、企業価値の向上は事業価値を上げずに実現できません。よって、本社の究極の目的は、事業部において事業戦略を実行し、事業価値を最大化し、その総和である「企業価値を最大化すること」だと言えます。
栗原:著書では「企業価値」を最優先とし、「株主価値」はその要素の1つとして描かれていますね。
石橋:そのとおりです。株主価値は重要ですが、顧客価値、社員価値などと同列のステークホルダー価値の1つに過ぎません。「企業価値」を最大化することが最優先で、結果として「株主価値」も大きくなるのです。
栗原:企業価値の源泉「キャッシュフロー」でなく、株主価値に対応する「当期純利益」に目線が向きがちですね。
石橋:おっしゃるとおりです。企業財務のアプローチは、将来の「予測キャッシュフロー」を割り引いて企業価値をはかります。しかし実務上、将来のキャッシュフロー予測を経営管理に使うのは難しいです。
そこで、財務会計・管理会計のアプローチは、経営管理で「期間利益」を指標に使います。期間利益を予測し、目標達成のためにアクションを起こすのです。
事業部が生み出すキャッシュフローに対応する期間利益は「営業利益」で、事業価値の源泉です。株主に帰属する期間利益は「当期純利益」で、株主価値の源泉です。FP&Aは企業価値の最大化を目的とし、「当期純利益」ではなく「営業利益」にフォーカスします。
また、FP&Aでは営業利益と同時に「EBITDA」(利払い前・税引前・減価償却費控除前利益)にもフォーカスします。これは減価償却費を控除する前の営業利益です。
背景には管理会計の「マネジメント・コントロール・システム(MCS)」のアプローチがあります。事業部の管理者に当事者意識を持たせるため、過去の減価償却費を管理者が影響可能な「期間利益」計算に含めません。
FP&Aの経営管理プロセスの本質的な活動は主に3つです。1つ目は事業戦略を実行する仕組みとして、売上高を出発点に「営業利益とEBITDA」にフォーカスしたローリング予測を行うこと。2つ目は、トップダウンとボトムアップで作成したローリング予測を基に是正措置(アクション)を関する分析を行うこと。そして最後が、事業部長と対話して、事業部にアクションを取らせるように影響力を行使することです。
一般社団法人日本CFO協会 「FP&Aプログラム運営委員会」 委員長、米国管理会計士協会(IMA)日本支部 President、中央大学経営大学院 客員教授、LEC会計大学院 特任教授。
富士通、インテル、D&M Holdings、日本トイザらスなどで、FP&AプロフェッショナルおよびCFOとして40年以上の実務経験を有する。著書に『最先端の経営管理を実践するFP&Aハンドブック』(中央経済社、2024年)、『CFOとFP&A』(共著、中央経済社、2023年)、『経理・財務・経営企画部門のためのFP&A入門』(中央経済社、2021年)、『CFO最先端を行く経営管理』(共著、中央経済社、2020年)などがある。
