日本企業特有の「二つの壁」とは
栗原:石橋さんはFP&A導入が進まない背景に、日本企業特有の「二つの壁」があると主張されています。
石橋:はい。乗り越えるべき「二つの大きな壁」があります。
「一つ目の壁」は、本社レベルの「経営企画部門」と「経理・財務部門」の壁です。これはグローバル企業にはない日本特有の壁です。
欧米企業では、CFO組織は「経営企画(経営管理)」と「経理財務(財務報告・統制・資金調達)」の両機能を持ち、その組織にFP&Aは属します。しかし、日本では歴史的に、戦略や予算策定を担う「経営企画部」と決算・財務報告を担う経理・財務部として、縦割りになり、両者は分断されています。
栗原:「二つ目の壁」とは何でしょうか。
石橋:それが「本社」と「事業部」の壁です。この壁はグローバル企業にもありますが、日本企業のこの壁は著しく高いです。日本企業は歴史的に事業部を法人化し、カンパニー制や持株会社制を導入してきました。
グローバル企業ではこの壁を克服するため、事業部コントローラー(事業部FP&A)から本社コントローラー(本社FP&A)までが一本のレポートラインでつながるマトリックス構造になっています。FP&Aが「横串」として全体最適を機能させます。
しかし日本では、事業企画部は事業部長のスタッフで、本社経営企画部とのレポートラインがなく、本社と事業部の経営管理機能が分断されています。
栗原:なぜ日本だけ、そのようないびつな構造になってしまったのでしょうか。
石橋:その源流は1950年代にさかのぼります。当時、通産省の提案で米国企業の「事業部制組織」導入が始まりました。しかし、それを運営する「コントローラー制度」(FP&Aの原型)は、経理部門の抵抗で導入できませんでした。
代わりに、経理部門から切り離された「疑似コントローラー組織」として、日本独自の「本社経営企画部門」が誕生しました。これが「二つの壁」の始まりであり、根本原因です。
池側:結果として、日本の本社経営企画部は、中計・予算策定などのFP&A業務もありますが、それ以上にトップの特命事項や社内調整といった「庶務・調整業務」に追われる組織になってしまいました。
本社経営企画が果たすべき「真の役割」
栗原:「二つの壁」、特に「本社と事業部の壁」が導入を難しくしていると。では、本社経営企画(本社FP&A)はどのような役割を果たすべきでしょうか。
石橋:本社経営企画が果たすべき最大の役割は二つです。
一つは、「事業ポートフォリオの見直し」です。これは本社にしかできません。中期のローリング予測などを活用し、資源集中の判断をし、企業価値の最大化を図ります。しかし、これは投資会社の役割であり、これだけで持続的成長は難しい。これがコングロマリット・ディスカウントの背景です。
本社経営企画部が果たすべき最も重要な役割が、本社FP&A組織として「事業部FP&A組織による事業戦略の実行を支援すること」です。
栗原:実行支援ですか。カンパニー制などで、事業会社の実行には介入しづらいイメージがあります。
石橋:「事業戦略の実行」そのものは、事業部FP&A組織が事業部と行います。本社FP&A組織がすべきなのは、事業部FP&A組織が正しく事業戦略を実行し営業利益を向上できるよう、「経営管理の仕組み」と「データ基盤」を整備することです。
『FP&Aハンドブック』で紹介した「IBP(統合事業計画)」 の考え方がまさにこれです。財務計画と業務計画(「財務:Finance」と「業務:Operation」)を統合した「IBP」を基に、ローリング予測を実行することが、「xP&A(拡張計画・分析)」 のビジョンです。本社FP&A組織が「プロセス」や「テクノロジー」を整備し、事業部FP&A組織を支援するのです。
池側:実際に、キリンHDやSOMPOHDなど、持株会社(本社)の経理と経営企画がFP&A機能を担い、事業会社にFP&A人材を送り込んだり、データ基盤を整備したりして、グループ全体の経営管理を束ねようとする先進事例も出てきています。
本社が「集計」だけでなく、事業を深く理解し、データに基づき事業会社と対話し、アドバイスする。これが、本社経営企画が「事業価値の総和=企業価値」を高めるために果たすべき、新しい役割です。
栗原:ありがとうございます。このあとは、池側さんを中心に日本企業でのFP&Aの実践に関して、現状と課題や今後の展望までを一気にお伺いします。
