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オードリー・タンが語る新しい民主主義──対立から協創を生むためのプルラリティ思想に日本が学ぶべきこと

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対立から共創へ──少数派を尊重し、多数派に問うプラットフォーム

オードリー・タン氏

 テクノロジーは民主主義をより良くできるか。タン氏は実践で応えてきた。

 AIを活用した意見可視化ツール「Pol.is」は、意見分布を可視化し合意形成を支援する。タン氏はこれを「ブリッジング(橋渡し)の仕組み」と呼ぶ。特徴は「ブリッジング・ボーナス」。「異なる立場の人々からも受け入れられる意見」を高く評価する設計が、多数決とは異なる力学を生む。多数派が他者に歩み寄る動機づけを行い、新たな共通基盤の創出を促す。

 多数派の意見は一つに過ぎないが、少数派の意見は多様だ。多様な視点に多数派が歩み寄ることが議論を豊かにし、協働の可能性を広げる。真のコンセンサスは、壁を超えてつながることから生まれるというのがタン氏の確信だ。

 こうした議論を主導するのは「社会的不正義の影響を最も強く受ける人々」の声だ。多数派がその声に耳を傾けるように設計する点が、彼女の言う「ブロード・リスニング(広く聴く)」である。

 オープンなシステムには「悪意あるユーザー」が現れる。共感や信頼が逆手に取られるリスクにどう向き合うか。

危機下では中央集権、平時には分散へ──ラディカル・コラボレーションが機能する条件

ラディカル・コラボレーション

 タン氏は「自らを悪人と認識している人はほとんどいない」と指摘する。多くは善意で行動している。だから「民主主義が重要だ」と唱えるだけでなく、民主主義が機能する姿を見せることが大切だという。

 続いて、タン氏はコロナ禍の経験を例に挙げた。初期、権威主義国家はロックダウンを強制でき、効果的に見えた。「民主主義は時間がかかる」と批判された。

 しかし台湾など多くの民主主義国家は、オープンで協働的なプロセスを採用し、ブロード・リスニングで多様な声を束ね、合意形成を実現した。情報を公開し、市民に疫学的知識を共有し、柔軟に対応した。

 結果、オミクロン株の時期には、民主主義国家のほうが優れた成果を上げた。永続的なロックダウンは不可能と明らかになった。結論は明快だ。民主主義を守る最良の方法は、権威的に説くことではなく、実践して見せることだ。攻撃や歪曲をも糧とするしなやかさが、強靭な社会を育む。

 ラディカル・コラボレーションは万能ではない。タン氏は、2003年のSARSの例を挙げる。当時の台湾は分散型で、情報の一貫性を欠き、人口比でアジア最多の死者を出した。

 この教訓から「中央感染症指揮センター(CECC)」を設立。コロナ禍では統一指揮で迅速に対応した。ただし、中央集権は指揮系統に限定し、市民の声を取り込むフィードバック機構を同時に設けた点が特徴だ。

 象徴的なのが、ピンクのマスクを「着けづらい」と訴えた少年の声を受け、政府が翌日の会見で全員ピンクのマスクを着用したエピソードだ。この対応は社会に共感と一体感をもたらした。

 パンデミック収束後、CECCは速やかに解散し、権限は地域へ戻された。中央集権と市民参加の両立を図る設計に、台湾型民主主義の柔軟さが表れている。

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脅威の性質を見極める。「保守的アナーキスト」が支える、創造と継承の均衡

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雨宮 進(アメミヤ ススム)

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