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オードリー・タンが語る新しい民主主義──対立から協創を生むためのプルラリティ思想に日本が学ぶべきこと

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脅威の性質を見極める。「保守的アナーキスト」が支える、創造と継承の均衡

オードリー・タン氏

 トップダウンとボトムアップをどう使い分けるか。判断基準は「脅威の性質」にあるとタン氏は言う。

 感染症や自然災害などの急性の危機には、迅速な判断と統一行動が欠かせない。局面に応じて一時的に分散を止め、指揮系統を強化する。難しい場合は多数決に戻ることも辞さない。

 危機が去れば即座に再分散へ移行し、明らかになった制度的欠陥を補完する。中央集権と分散を、状況に応じて調整可能な補完関係として運用するのだ。

 何を「急性の危機」と見なすか。そのセンサーは「痛みに最も近い人々の声」にある。だから平時から市民の声を効果的に集める体制が重要になる。

 分散型社会の真価は、ローカルな知をいかに素早く「共通の知」へと昇華(センスメイキング)できるかにかかっている。この循環が健全に機能すれば、社会は分散的でも危機を乗り越えられる。

 逆にこの循環が途絶えれば、社会は異なる現実を生きる共同体に分断される。最初に痛みを感じる人々の声を、いかに全体の意思決定へと編み込むか──そこに持続可能な民主主義の鍵がある。

 タン氏は自らを「保守的なアナーキスト」と呼ぶ。二つは対立せず、補い合う関係だ。「保守」とは祖先の叡智を未来の可能性を拡張する素材として活かすこと。「アナーキズム」とは、境界を越えた自発的協働の精神を指す。

 この哲学が鮮明に表れたのが、台湾の同性婚をめぐる対立だ。自由な協力を支持する若年層と、伝統的価値を重んじる保守層。タン氏らは「ブロード・リスニング」を貫き、双方の価値を組み直す「創造的再構成」を行った。同性カップルに異性愛者と同等の法的権利を認めつつ、家族同士の婚姻とは区別する結論に到達した。

 タン氏はこのプロセスを「炎をエンジンへと作り変え、社会を『上』へ押し上げるよう」だと表現する。自らの仕事を「綱渡りをしながら、その綱自体を編み上げていく」行為になぞらえ、一歩ごとに新しい形を生み出していく。

台湾が示す「世代を超えた民主主義」を日本はいかに学ぶか

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 台湾が「民主主義の成功例」とされる背景に、若い世代の強い社会参加意識がある。中学生の「シビック・ナレッジ」は世界首位だ(ICCS 2022)。

 タン氏は「17歳」と「70歳」の世代が密接に結びついている点を台湾の特徴として挙げる。若者は発想を、高齢者は経験と資源を提供し合い、多忙な中間世代の間隙を上下の世代が協働で補う構図が、台湾社会の推進力となっている。

 一方、日本では高齢層の投票率が高い半面、若年層の関心は伸び悩む。タン氏は、人口減少地域では若者が多数決で勝つことは難しく、「異なる意思決定手法の導入が不可欠だ」と語る。

 台湾では、オンライン請願や、対立をつなぐ提案に「ブリッジング・ボーナス」を付与する仕組みがある。また、「プレジデンシャル・ハッカソン」では二乗投票制を導入し、意見の強度も結果に反映させる。こうした制度設計により、民主主義は「選ぶ行為」から「共創のプロセス」へと変化しつつある。

 自らの声が政策に影響する実感があれば、人々は自然と社会に関与する。タン氏は、日本でも同様の市民参加の新しい形が芽生えつつあると付け加えた。

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透明性はAIにより「時間を生み出す投資」となる

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雨宮 進(アメミヤ ススム)

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