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量子産業の未来

AI黎明期と今の量子の熱気は似ている。博報堂DYグループCAIO森正弥氏に聞く、量子×AIの未来像

ゲスト:博報堂DYホールディングス 森正弥氏

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 「2006年頃にAIに感じた『世界が変わる』という確信と、現在の量子AIに感じる可能性は酷似している」。20年以上AIの進化を見てきた博報堂DYホールディングス CAIOの森正弥氏はそう語る。 OpenAIが「人間の知」を学習プロセスに組み込みブレイクスルーを起こしたように、次なる「量子AI」は、現在のAIが直面するエネルギーや計算量の限界を突破する鍵となる。そこで欠かせないのが、AIと共に問いを立て、人間の意志や創造性を拡張させていく「人間中心のAI」だ。これからの20年、量子AIの時代に向けて企業はどう備えればいいのか。森氏が見てきたAIの進化の歴史から量子の未来を紐解きつつ、デロイト トーマツ グループで量子技術統括を務める寺部雅能氏が話を伺った。

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AIと量子は互いの発展を押し上げる双方向の関係にある

寺部雅能氏(以下、寺部):まず、現在のAI活用をめぐる企業の温度感について、どのように捉えているかお聞かせください。

森正弥氏(以下、森):AIを用いた自動化・効率化を中心とした企業変革への関心は高く、推進されてきている企業は多いです。一方で、新たな問題を認識し始めている方々で出てきています。とりわけ経営層の間では、「AIを使うほどアウトプットが同質化し、差別化が難しくなるのではないか」という危機感が急速に強まっています。米国では早くも“AI疲れ”が語られ、生成コンテンツをユーザーが拒否する現象すら見られます。効率化に寄りかかったAI活用は限界に近づき、「どこまでAIに依存しないか」さえ問われ始めているのが実情です。

 生産性向上という観点でAIは不可欠ですが、意図がほとんど介在しない広告や画像は炎上リスクも高く、受け手に意味が届きません。AIがアイデアや解を大量に生み出せるほど、最終的に価値として残るのは「あなたは何をしたいのか」という意志そのものです。博報堂DYグループには、こうした“意味”の領域を長年磨いてきたクリエイターが多く、生成AIの普及によってむしろ存在感が増していると感じます。

 現在、国レベルでもAIに関する制度設計や法整備の議論が継続しており、AI戦略本部の有識者会議も重要な局面を迎えています。私もメンバーとして議論に加わっていますが、設置されるワーキンググループのテーマに「人間力向上」が含まれていることは象徴的です。AIを追究するほど、「人間とは何か」という価値を問い直す局面が避けられなくなります。

 この視点は、博報堂DYグループの長い歴史に根づく思想とも重なります。「正解より別解」「粒ぞろいより粒違い」といったコンセプトはAI時代に新しく生まれたものではなく、長く培われてきたものです。外部から加わった私から見ても、このクリエイティブのフィロソフィーは、AIの進展にともなってその意義を増してきたと感じています。

株式会社博報堂DYホールディングス 執行役員 CAIO、Human-Centered AI Institute代表 森正弥氏
株式会社博報堂DYホールディングス 執行役員 CAIO、Human-Centered AI Institute代表 森正弥氏
1998年、慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社、グローバルインターネット企業を経て、監査法人グループにてAIおよび先端技術を活用した企業支援、産業支援に従事。東北大学 特任教授、日本ディープラーニング協会 顧問、内閣府AI戦略専門調査会委員。著訳書に、『ウェブ大変化 パワーシフトの始まり』(近代セールス社)、『グローバルAI活用企業動向調査 第5版』(共訳、デロイト トーマツ社)、『信頼できるAIへのアプローチ』(監訳、共立出版)など多数。

 私が代表を務める博報堂DYグループのAI研究組織「Human-Centered AI Institute」が掲げる「人間中心のAI」も、この思想の延長にあります。本来は「人間中心」というのはUI/UXの設計原則でしたが、2010年代以降、機械学習の社会実装が進むにつれ、“人間”の対象はエンドユーザーから開発者、事業者、さらには一般市民へと大きく広がりました。

 そのような中で、博報堂DYグループの「生活者発想」も、このアプローチと強く共鳴します。私たちは“消費者”ではなく“生活者”という言葉を使います。人は消費者であるだけでなく働き手でもあり、学び手でもあり、さらには家族であり友人でもあります。一人の人が多面的な役割を生きる姿を捉え、創造性を高めていかなければ、その人にとって価値ある広告はつくれない。この理念は創業期から連綿と続いてきました。

 そして今、生活者という視点は、AIガバナンスからクリエイティビティの拡張に至るまで、AIをめぐる議論の中核にも位置づけられるべきものだと考えています。だからこそ、当社のクリエイターやデザイナーが持つ感性と洞察は、AI社会においてより重要な役割を果たすと考えています。

 AI活用、社会変容のビジョン発信、そして自社での開発や活用。私たちが掲げる「人間中心のAI」とは、単なる技術導入ではなく、活用とガバナンス、そしてクリエイティビティの拡張を含む包括的な取り組みであり、その全体像こそが今後の競争力の源泉になると考えています。

寺部:量子コンピューティングは、現在のAIの急速な進展とどのように関わっていると捉えていらっしゃいますか。

:AIと量子は、互いの発展を押し上げる双方向の関係にあります。まず「量子のためのAI」では、量子回路の最適化や量子暗号鍵生成に深層学習や強化学習が活用されるなど、量子技術の研究開発プロセスにAIが本格的に組み込まれ始めています

 一方で、「AIのための量子」の流れも加速しています。現在のAIはモデルの巨大化と電力消費の急増が続き、持続可能性が大きな課題となっています。量子アニーリングを用いてニューラルネットワークを最適化し、データ量を大幅に削減できたという報告もあり、量子はAIのエネルギー効率やコスト構造を抜本的に改善し得る存在です。これは汎用AIの民主化にも直結します。需要が急増している社会シミュレーションにおいても、生成AIが得意とするのはあくまで大まかな推論であり、都市や経済といった複雑系を精密に計算するには、量子の力が不可欠です。

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量子とAIが描く「予測」と「最適化」の新領域

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この記事の著者

雨宮 進(アメミヤ ススム)

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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