量子とAIが描く「予測」と「最適化」の新領域
寺部:社会シミュレーションとは、具体的にどのような取り組みなのでしょうか。
森:博報堂DYグループが提供する「バーチャル生活者」を例に説明するのがわかりやすいと思います。これは、博報堂が30年以上にわたり蓄積してきた生活者調査を基盤とするソリューションで、アンケートやインタビューに加え、協力家庭の冷蔵庫の定点観測など、多層的かつ膨大なデータが蓄積されています。
このデータを基に、生成AIで数千種類の生活者像を再構成することで、多様な「バーチャル生活者」に対してインタビューが可能になります。ある企画への興味関心があるかを問いかければ、裏付けのある応答が返ってくる。脱毛症や更年期障害といったデリケートなテーマについても自然に応じられる点が評価され、活用が広がっています。
このようなAIペルソナ型ソリューションは世界的に増加しており、今年はこれを都市デザインなどの社会シミュレーションへ拡張する動きが一気に進みました。当グループの読売広告社でも「10年後の都市で生活者は何を感じるか」「設計変更で人流はどう変わるか」といった議論が日常的に生まれています。
また、都市単位の経済活動を長期で再現したいというニーズも急増しています。しかし、こうした複雑系を精緻に扱うには膨大な計算量が必要で、従来のコンピューティングでは限界があります。ここで量子コンピュータが決定的な役割を果たします。

寺部:ここまで未来を見通すような世界が、実現しつつあるのは驚きです。
森:そうですね。ただし、シミュレーションはエビデンスに基づいてはいても、あくまで予測にすぎません。真の価値は正確さそのものではなく、「想定外の盲点」をあぶり出し、計画や戦略を見直すための材料とする点にあります。仮説と異なる結果が出たとき、その理由をたどることで、生活者ペルソナの価値観や行動構造が浮かび上がり、見落としていた前提が明確になります。
シミュレーションの結果を鵜呑みにすれば、人間の思考はAIの出力と同質になってしまいます。量子によって精度が高まったとしても、本質は人間がそこから何を学び、組織やプランをしなやかに更新できるかにあります。
