「機能価値」を超え「感性価値」へ。新社名artienceに込めた想い
中川瑛氏(以下、中川):まず髙島社長に伺いたいのですが、2024年1月、創業から128年の歴史を持つ「東洋インキSCホールディングス」という伝統ある社名を、「artience(アーティエンス)」へと変更されました。この大きな決断の背景には、どのような想いがあったのでしょうか。
髙島悟氏(以下、髙島):弊社は長年、素材メーカーとして技術力を磨いてきましたが、これからの時代、それだけでは不十分だと感じていました。新社名の「artience」は、感性(art)と科学(science)を融合させた造語です。これまでの強みであったサイエンスを基盤にしつつ、そこに「アート」という感性のエッセンスを加える。数値化できる機能価値を超えて、人々に驚きや喜びといった「感性価値」を提供したい。そんな強い意志を込めて、129年目の再創業に踏み切りました。
中川:髙島社長は、この変革の旗印である「感性価値」という言葉を、当初はどのように定義されていたのでしょうか。
髙島:社名変更にあたり、私は自分なりに「感性価値とは何か」を突き詰め、「アイデンティティの普遍化」と定義しました。個人の強みや、どうしてもやりたいという独自の想い(アイデンティティ)を徹底的に磨き上げれば、それはやがて世界中で認められる普遍的な価値になるのではないか。そう信じていたのです。
社員との対話で見えた「感性価値」の真の定義
中川:その定義は、社内への浸透プロセスを経てどのように変化したのでしょうか。
髙島:社名を自分たちの血肉にするため、世界中の拠点を回り、多くの社員と対話を重ねました。そこで「あなたにとっての感性価値は何か」と問うと、返ってきた答えは私の想像とは異なるものでした。
ある管理部門の女性は「営業の方が帰ってきたときにほっとできる空間を作ること」だと語り、生産現場の社員は「自分たちの製品がお客様の笑顔につながっているのを見た瞬間の喜び」だと答えました。彼らが大切にしていたのは、自分自身のアイデンティティではなく、「他者への想い」だったのです。この気づきを経て、私にとっての感性価値の定義は「他者の幸せを願うこと」へと変わりました。相手の幸せを起点にすることで、アートとサイエンスは初めて社会的な意味を持つ。そう確信するようになりました。
中川:山口さんは、髙島社長が辿り着いた「他者の幸せを願う」という感性価値のあり方をどうご覧になりますか。
山口周氏(以下、山口):非常に興味深い変化だと思います。本来、感性や独創性というものは、無理に「育む」ものではなく、むしろ周囲が「潰さない」ことが重要です。人間は本来、天邪鬼で、嫌なものは嫌だという感覚を持っています。しかし、日本の教育や従来の組織文化は、その感覚を「我慢しなさい」と抑え込んできました。
髙島社長が社員の皆さんと行った対話は、抑え込まれていた一人ひとりの「他者を想う感性」を掘り起こす作業だったと言えるでしょう。自己のアイデンティティを突き詰めることも重要ですが、それが「喜怒哀楽」と接続されたとき、組織としての強力なエネルギーに変わるのです。
