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新規事業を成功に導く“デザイン”の力

「つくる力」の民主化でデザイナーは不要になる? テクノロジー×デザインで切り拓く事業開発の新境地

第5回

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AIには到達できない、人間ならではの「仮説推論(アブダクション)」

 今までお話ししてきたように、AIの進化によって多くのアウトプットが向上していますが、一方で、事業の出発点となる「そもそも何が本質的な課題なのか」「なぜそれを人々は必要としているのか」といった深い洞察は、依然として人間が得意とする領域です。

 米国の論理学者チャールズ・サンダース・パースによると、人間の思考には大きく分けて3つの推論方法があるとされています。

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 その中でも特に創造的なアイデア発想に必要な「仮説推論(アブダクション)」に注目してみます。

 ニュートンはリンゴが木から落ちる様を観察して万有引力の法則を発見したという逸話がありますが、これは周りの誰もが当たり前に眺めていた現象を改めて「なぜ?」と問い直し、その理由を説明する最も自然な仮説として「引力」という概念を創造したと捉えられます。ここで重要なのは、まず「なぜ?」という問いを立てることから、創造的な思考が始まっている点です。

 これは日常的なシーンでも同様です。たとえば、仕事帰りに立ち寄ったスーパーで「リンゴだけが棚から消えている」という光景に出くわしたとします。そんなとき、私たちは思わず「なぜだろう?」と疑問を抱き、自然と理由を探そうとします。

 「テレビでダイエット特集があったのかも(社会文脈)」「天候不良で収穫が減ったのかも(環境要因)」「陳列場所が良かったのかも(物理的要因)」――。これらはいずれも、目の前の「違和感」に対し、私たちが生きている複雑な「世界モデル」を前提として、自分の知識や経験をもとに想像を働かせて仮説を立てる、創造的な思考と言えます。

 一方、生成AIは、私たちが生きている「世界そのもの」を理解できません。AIが得意とするのは、計算機の中の膨大な「言語モデル」からパターンを抽出し、「言語的なもっともらしさ」を再構成することです。背景にある因果関係や人間の感情、社会文脈といった深い理解に基づく仮説構築とは本質的に異なります。

「違和感」からインサイトを導き出し、目指すべき未来像を描く

 新規事業において重要なのは、「予想外の現象」や「ユーザーの意外な行動」など、これまでの論理では説明できない“違和感”を起点に、新しい視点=「インサイト(洞察)」を見出すことです。インサイトとは単なる事実ではなく、その背後にある人間の深層心理や社会的文脈を読み解いた、本質的な理解を指します。

 「人はなぜその行動をとったのか?」「どんな未充足のニーズが隠れているのか?」。こうした問いを根気強く掘り下げ、生活者の視点に立って世界の構造を感覚的に捉えていく。しかし、現実世界との接点を持たないAIには、そもそもこの“違和感”に気づく力が備わっていません。予想外の行動に驚くことも、矛盾を不思議に思うこともなく、ただ与えられたデータをなぞるだけです。

 優れたデザイナーはユーザーの曖昧な欲求に敏感に反応し、「なぜ?」という問いを立てながら、そこに価値を見出す仮説を立てられます。このアブダクティブな思考を通して、観察からインサイトを導き出し、それを体験に翻訳していく行為は、まさに人間にしかできない創造のプロセスです。

 誰もが一定水準の「答え」を得られる時代だからこそ、「なぜ?」という問いに立ち返り、目指すべき未来像を描く。それこそが、これからの事業開発において、私たちが一番大切にすべき役割ではないでしょうか。

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この記事の著者

門田 慎太郎(モンデン シンタロウ)

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