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デザインシンカーの時代に考える、デザイナーの価値

デザイナーの“曖昧な能力”がないと扱えない「一次情報」の存在

第2回

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デザイナーが「感じる」ことで収集される「一次情報」

 今回は、競争力ある商品やブランドを生み出すために不可欠な「一次情報」について話したいと思う。デザイナーの「曖昧な能力」のうちの一つである「感性」は、質の高い一次情報の収集に不可欠な機能である。

ロワン・ウィリアムロワン・ウィリアム(プロダクトデザイナー・ロンドン在住)

 英国人プロダクトデザイナーのロワン・ウィリアムは「ある人の美や質における経験値と、イマジネーションの限界値は比例関係にあります」と言う。近年、私たちは指一本で世界中の情報にアクセスできる。ミラノサローネやロンドンファッションウィークといったイベントにおける質や美の情報について、デザイン雑誌の特集ページを待たなくとも、スマホによってリアルタイムにブラウズできる。

 しかしそれは、「見て」「知った」だけで「感じた」わけではない。この「感じる」という行為で得られるのが、「一次情報」である。読むのでもなく、見るのではなく、感じること。これは、建築、プロダクト、ファッション、絵画、景観、空間、食事など、私たちを取り巻く全てのことに当てはまる。思わず立ち止まってしまうような彫刻や、一生忘れないような景観や、思わず撫でたくなるようなプロダクトを、スマホ上で分かった気になってしまうのは非常に危険なことだ。VRの進化に伴い、リアルとバーチャルが曖昧になっているからこそ、五感で味わう経験に貪欲になりたい。

 デザイナーは誰よりも「感じる」ことに長けているべきである。そうした一次情報の収集を「個人レベル」ではもちろん、さらに「組織レベル」で包括的に行うことが求められている。シーモアパウエルにあるインサイトチームは組織として一次情報収集(インサイト収集)を行っており、「ソーシャル」「デザイン」「テクノロジー」の3つの視点を主に大切にしている。

 「ソーシャル視点」とは、生きた人々に関する一次情報である。デザインリサーチャーやストラテジストは、鉄道インテリアのプロジェクトであれば乗客やスタッフに観察やインタビューを行い、レストランブランディングのプロジェクトであればシェフの一挙一動を追いかける。彼らの生活や仕事における些細な違和感や高揚感を感じ取るために、行動を共にし、表情を読み、言葉じりを読み、時に勝手に感動し、一般人には感じられない何かを、高い次元で感じ取る。当たり前だが、そうした情報はネット上にはない。

 「デザイン視点」とは、各種デザイントレンドに関する一次情報である。素材、色、形、音など、世の中の全ての要素は、大きなトレンドの中で変化している。トレンドを把握するには、沢山の要素がオーガニックに絡まり合いながら流れるマクロな動きと、色や素材や形に関する本当に些細なミクロな動きを「感じとる」スキルが求められる。センスでもあるし蓄積した情報量の勝負でもある。展示会を定点観測することでしか感じ取れない情報は非常に多い。

 「テクノロジー視点」とは、私たちの生活や仕事を変える程のインパクトのある最新技術における一次情報(実体験)である。シーモアパウエルでは去年、VRの専用スペースを作った。それ自体は全くたいしたことではないが、既存VRにあるソフトウェアをハッキングしながら、トランスポートデザイナーが中心になって、自分たちの仕事ツールとして使えるVRキットを開発している。わくわくしながら、試行錯誤しながら、新技術を文字通り体感している。

Seymourpowell demos VR software for collaboratively designing cars

 感覚を最高に研ぎ澄ませた状態で「感じる」ことを長年続けると、感度はさらに研ぎ澄まされてくる。読書やネットブラウジングだけでは感度は上がらない。野球選手がバットのスイングを体全体で覚えるような、動物的で本能的で感覚的なスキルが重要なのだ。バットのスイングを言葉で人に伝えるのが難しいのと同様に、「高い感性」は形式化しづらい曖昧なものだが、感性には必ず個人差があり、同じものを見ても、より深く、より多く、感じられる人材はいる。それがデザイナーなのだ(であるべきなのだ)。プロセスや思考だけでは十分ではない。高い感性が全てのベースになるからだ。

 高い新規性を出すために、潜在的な消費者ニーズや、CMFトレンド(Color:色、Material:素材、Finish:仕上げ)や、新技術がマス市場に落ちるタイミングなどといった、手垢の付いていない一次情報が不可欠なのは明白にも関わらず、組織レベルで取り組んでいる企業はまだまだ少ない。「イノベーションセンター的な箱」だけを作り、一次情報の収集を、感度の良し悪しを問わずに他部署や外部を頼ったり、展示会に毎年違うメンバーを送っていたり、最新技術を体感する予算や時間を確保していなかったり。個人としても組織としても「高い感性で集めてくる一次情報」に対して、もっともっと真摯に向き合うべきである。

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この記事の著者

池田 武央(イケダ タケヒロ)

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