MBA的分析では現場の課題は解決しない──丁寧な考察からのケーススタディ研究から問題を“提起”し考える
禹:確かにそういう傾向はありますね。国の政策を考えるのとは異なり、自社の課題を解決するのは「一般的な理論」ではありませんから。
その意味では、ミクロ型研究が進んでいるとされる日本でも良質なケーススタディ研究が減っているので、私の役割はそこにあるのではないかと考えています。つまり欧米型の「実証分析」は一般的な傾向を見つけて命題とし、それを実際に当てはめようとします。しかし、私の研究はあえて一般的命題をゴールとしません。むしろ個別のケーススタディを深掘りし、問題を“提起”して考えることを大切にしています。
宇田川:それはとても意義のあることだと思います。実際、多くの大学院やビジネススクールでは分析ツールを渡して、それでちょっと分析して容易に一般的命題を導き出すことをゴールにする傾向にあります。しかし、「実証分析」で一般的な命題を導くことばかりしていると、分かりやすいが故に「分かった気になる」になる傾向があります。そこに現実との乖離が生まれるのではないでしょうか。
禹:ええ実際に「自分の経験」と「(一般的な)理論」のギャップに戸惑うケースは、実社会での経験を積んだ30代に多くみられる傾向です。自らの経験をもとに高い問題意識を携えてやってくる彼らに対し、社会人大学院としてどう応えていくべきか、真摯に考える必要がありますね。そして、それは私たち研究者にとっても、現在の社会を切り取った「生きたケーススタディ」なのですから。
一般的命題を導くツールや理論を教えるだけでは机上の空論に終わってしまいます。むしろ個々の現場で生じている問題から原因や仕組みを読み解く理論や方法を教え、様々な視点を持つ人と交流しながら共同研究し、実践の現場で対処できるような力を育むことが大切だと思います。私もそのつもりで臨んでいます。
宇田川:理論が先立つと、ついつい“正しい解”を求めてしまいがちです。しかし社会における本当の課題解決力は、問題に気付き、その背景や理由を紐解き、どう解決し、改善するかを考えて実践する力といえるでしょう。一人だけでではなく、大学院という場で様々なバックボーンを持つ学生同士、そして実践経験のある教員も含めて共に考える機会を持つことで、効果的にブラッシュアップできると思います。
禹:しかも考える課題というのが仮の問題ではなく、実際のビジネスでの課題をテーマにすることが多いですからね。博士課程では、研究成果を教員と学生が学会で共同発表することもあるんですよ。
宇田川:例えば、「自身の経験を踏まえて」といった場合、学生の研究でどのような事例があるのでしょうか。
禹:最近では「日本企業が買収され一夜にして“外資系企業”になった場合の給与に見るインセンティブの変化」などの発表がありましたね。また「外資系企業の評価制度」について評価期間が組織のビジョンと紐づく大切さを論理的に示した研究もありました。受講者には経営者や役員職も多く、中には教員として戻ってくる方もいて、レベルの高さを実感します。アカデミックではありますが、現場感がある問題提起的な研究が多い傾向にありますね。
宇田川:それはすごいですね。どのようなプロフィールの方が多いのでしょうか。また、どんな課題を持っている方に来てもらいたいとお考えですか。
禹:断然ミドル層が多く、やはり組織について苛立ちというか、課題感を抱えている方ですね。中でも共通の課題として多いのが「働き方改革」です。経営層がトップダウンで下ろし、ミレニアム世代は突き上げてくる。その中で大変苦労されていて、本などで得た一般的理論を試すけれど上手くいかないという方がたくさんいます。そこで授業ではこちらから必要な理論を提案しながらも、それを自分の課題感と照らし合わせて選び取り、ケーススタディを深掘りして真の問題を発見し、解決へのロードマップを引く力をつけることを支援しています。
日本社会全般に関する大上段な課題を解決したい方も、「複雑に関係者が絡み合う、自社の働き方改革の実践」を課題に感じてモヤモヤしている方も、ぜひとも問題意識を携えたまま戸を叩いて欲しいですね。その課題解決・解消の道筋について、共同研究的なアプローチでともに考え、作り上げていければと思います。
日本社会も日本企業も停滞気味ですが、各組織で課題を抱える人たちとともに課題解決のための実践的な研究を行うことで、活性化に貢献できるはず。特に人口減少の影響が懸念される労働環境の問題解決を図れれば、同様の課題を抱えるアジア諸国への模範となるでしょう。