“そのもの”ではない“関係性のリサーチ”が真実への近道
「多くの企業が消費者へのアンケートやリサーチを実施しています。各社は莫大な費用をかけて、人々に意見や希望を聞きます。しかし哲学者の間では、人間は内面をうまく表現できないし、真実とは違うことを言ってしまうというのが常識です」
クリスチャン・マスビアウ氏は講演でこう切り出した。今までの経済学やマーケティングの世界では、個人が主体的かつ独立した個人として物事を決定しているという前提に立って調査が行われている。しかし、私達の記憶はあまり信用できるものではないし、個人の意見は周りの人の見解や文化、習慣によって影響を受ける。つまり、人の決定に影響を与える「ざまざまな周囲の環境」こそ、研究・調査対象にすべきなのだとマスビアウ氏は主張する。
この発想は哲学では1920年代から、マルティン・ハイデッガーやウィリアム・ジェームズなどによって指摘されてきたものである。彼らの考え方のポイントは至ってシンプルだ。例えばテーブルは単体で存在するだけでは意味がなく、椅子や利用する人間がいるからこそテーブルとして機能する。関係性や、そのものを取り巻く環境こそが重要なのである。しかし、関係性を測るのは簡単ではないため、そのもの自体を単体で評価・測定してしまうことが多くなる。ただ、それでは誤った調査結果に結びついてしまうことが多くなる。
マスビアウ氏が事例として挙げたのはフォード社の取り組みだ。フォードはデジタル化によってかつてないほどの大量のデータを手に入れた。北米でトラックが最も買われている中部アメリカで、なぜ生活者がトラックを購入するのか、使用用途などを掴みかねていた。よって、今後どのように製品を改良すべきか、CMで何を訴求すればいいのか、具体的な施策に結びつく結論を得られていなかったのだ。
中部アメリカでトラックを買う人々と生活をともにすることで、トラックの購買理由の輪郭が徐々にわかってきた。それは、キリスト教の助け合いの精神に紐づいていたのだ。トラックは、自分の属するコミュニティーに貢献するためのツールだった。マスビアウ氏らがその土地に暮らす人々と一緒に時間を過ごし、彼らの世界に入っていかなければわからないことであった。これはまさに人間にしかできないことだ。
こういった人類学的な調査に基づいた事業の再定義を行うのが、マスビアウ氏が創業したReD Associatesである。哲学、歴史学、考古学、美術史など、博士レベルの専門家を擁する人文科学を基盤とするイノベーションコンサルティングファームで、ビッグデータを活用する大企業と共に調査を行って「真実」を探っている。