職種や仕事内容によって異なる「フロー」に至る道のり
佐宗:(米デザインスクールの留学記ブログ「D school留学記~デザインとビジネスの交差点」著者):
前回は、「芸術とテクノロジーは切り離せない」「クリエイティビティやフローを新しい技術で測定し、フィードバックできるようになってきた」「クリエイティブな人が経験するフロー状態は、その後で遅れて脳に幸福感をもたらす」など、さまざまなお話をいただきました。
そもそもで恐縮ですが、「フロー理論」を知らないビジネスパーソンに向けてどのようなものなのかを今一度ご説明頂けますか?
チクセントミハイ:
まずは「フロー状態」についてお話しましょう。簡単にいえば、フローとは、人がその時にしている仕事やタスクに集中して、時間も身体感覚もなくなるほどの状態になることです。「没頭」「熱中」しているといえば分かり良いでしょうか。
フローには構成要素として、次の8つが上げられます。
- 明確な目的意識を持っていること
- 集中し、深く探求していること
- 体の活動と精神が融合し、無意識に動くこと
- 時間感覚が失われること
- 何かあったら自動的に調整すること
- スキルと難易度のバランスが合っていること
- 状況や活動を自分でコントロールしていること
- 本質的な価値を理解しており、活動が苦にならないこと
これらすべてを満たしている必要はありませんが、大いに関係していると思ってください。
佐宗:
はい、僕自身自分が「フロー」になっている瞬間に覚えがあります。でも、私の実体験からなのですが、職種や仕事内容によって「フローに至るまでの道のり」はまったく違う印象があります。もともと私は大学時代に法律を勉強していたんですが、その時は確実に達成できる目標を定め、コツコツと安定的に取り組んできました。そしてその時にも確かにフロー感というか、集中して充実感がありました。その後にキャリアチェンジして、今はデザインの分野で仕事をしています。すると今度は、解決できそうもない「より挑戦的なチャレンジ」をはじめから定めた方が、いい仕事ができるし、フロー状態になっている気がするんです。
チクセントミハイ:
ほほう、なるほどそれは面白いですね。とりあえずは「フローになるまでの道のり」を、基本的な事例をもって説明しましょう。フローは「チャレンジレベル」と「スキルレベル」がちょうどいいバランスの時に生まれると考えられています。例えばピアノの練習を始めたとします。「低い挑戦」と「低いスキル」からスタートし、しばらくは「音を出す」という楽しみがあります。しかし、これはいわば「小さなフロー」です。しばらくすると飽きてきて、「つまらない」とか「もっと難しい何かをやらせてほしい」と思うでしょう。つまり、この図で言うと[A]から[B]に入ります。
そして新しい課題(チャレンジ)を与えられ、上手に演奏できたとしましょう。すると、[C]のフローに戻ります。そこで講師からさらに難しい課題を与えられると、意気揚々ととりかかるものの弾きこなせない…。とたんに落ち込み、今度は[D]の不安に陥ります。この時点で「いや、それは無理だよ」と諦める選択もできますし、どうしたら「フロー=[E]」に戻れるのかと考え、この挑戦をポジティブに捉える選択もできるのです。諦めずに「チャレンジ」する状態になる唯一の方法は「スキルを向上させる」ことです。
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
なるほど、すると佐宗くんの場合、法律を勉強していたときは、小さな振れ幅でスキルとチャレンジをこつこつと高めてフローを得ていたのかも知れませんね。図で言えば、AーBーCーDーEを、もっと小さなステップが多くある階段のような感じで右上に上がっていたのでは。それに対してデザインの仕事では、まさにこの図のように、より大胆なチャレンジを最初から設定して、それにあわせてスキルも大きく伸ばそうとしてフローを得ているのかもね。
佐宗:
そう言われれば、そんな気もしますね(笑)。
チクセントミハイ:
ええまさに、人や仕事の内容、環境などによっても「フローまでの道のり」は変わります。当人にとって挑戦なのか、そうでないのかが重要なんです。