「明治ブルガリアヨーグルト」長寿化の裏にある知財戦略
「技術オリエンテッドな企業だけではなく、弊社のように一見ブランディングやマーケティングの方が優先されがちな消費財メーカーでも、知財情報を分析して経営に活かすことが重要だと考えています」と、明治ホールディングス(以下、明治HD)の坂元孝至氏は語る。
明治HDは、2022年3月期からの中期経営計画で「明治ROESG」を社内の評価指標とすることを発表した。ROESGとは、ROE(自己資本利益率)と外部の評価機関によるESG(環境・社会・ガバナンス)スコアを組み合わせた経営指標のこと。明治HDはこの指標に、健康志向食品の売上高の成長率など、「明治らしさ」を加点するシステムを組み込んで独自に運用している。
「ROE・ESG・明治らしさ」を重視した経営。同社は、これら3つの要素すべての領域において、知財情報を活用しているという。坂元氏は、明治HDの代名詞的商品である「明治ブルガリアヨーグルト」の例を挙げた。
明治ブルガリアヨーグルトは、1970年に開催された大阪万博のブルガリア館で、同社の社員が本場のプレーンヨーグルトを試食したことが開発の契機となる。当時、日本で主流だったのは甘いヨーグルトであり、本場の味に近づけて1971年に「プレーンヨーグルト」という名称で販売を開始したときには、「酸っぱい。腐っているのではないか」と不審がられるほどだった。
そこで1973年、これこそ本場のヨーグルトだと世間に知ってもらうために、ブルガリア大使館に日参し同国の国名使用の許可を得て、「明治ブルガリアヨーグルト」という名称に改めることとなる。このブランディング戦略が成功して超ヒット商品になったわけだが、その後、今日に至るまで50年間も販売し続けられていることには別の理由があるという。
ヨーグルトの原材料は生乳と菌株のみであるため、通常、ヨーグルトの開発とは菌株を変えるか、あるいは容器や機能性を改良するのが主な手段となる。明治ブルガリアヨーグルトも、飲むヨーグルトタイプやフルオープンの容器への変更、新たな菌の活用、特定保険食品の表示許可の取得などといった試行錯誤を行ってきた。
しかし、それだけでは終わらなかった。「いかに美味しいヨーグルトをつくるか」頭を悩ませているうちに、ふとブルガリアの伝統的なヨーグルトが、素焼きの壺でつくられていることに気が付いた。そして明治HDは、同じ条件でヨーグルトを発酵させるために、脱酸素処理の技術を活用した製法を生み出した。従来よりも、各段にまろやかで美味しいヨーグルトになったという。同社は、この「まろやか丹念発酵」技術で2003年に特許を取得している。
同商品はこの技術革新を境に、まったく原材料が変わっていないにもかかわらず砂糖なしでも食べられるようになった。さらに2017年には、高温殺菌と脂肪微細化を組み合わせた新製法「くちどけ芳醇醗酵」技術を開発。くちどけ・なめらかさと、濃厚で芳醇な味わいを向上させている。
このように、当初は「正当・伝統的」を一番の価値として開発され、その後およそ30年は商品のブランドイメージと明治HDのコーポレートブランドによって販売を続けてきたが、新しい特許技術を生み出し、追加していくことで、ブランドが重視する価値が変化してきているのである。
今では、明治ブルガリアヨーグルトは「正当・伝統的なヨーグルトだから買う」という人よりも、「美味しくて健康に良いから買う」人のほうが多いはずだ。知財戦略によって価値が変化し、商品ライフサイクルも長くなり、その結果、企業の売上、明治HDらしさの向上にも貢献している最たる例の一つと言えるだろう。