企業理念と戦略の連動を体系化したアサヒの人的資本経営
Biz/Zine Day 2025 Winter「経営戦略としての人的資本経営」の基調講演として行われた本セッションには、企業における「人」の問題に、異なる立場で携わってきた2名が登壇した。

アサヒグループホールディングスの谷村圭造氏は、1989年のアサヒビール入社以来、アサヒグループでキャリアを重ねてきた。2014年にアサヒグループホールディングスの人事部門ゼネラルマネージャーに就任し、2017年に執行役員、2019年に取締役 兼 執行役員となった後、2020年からChief Human Resources Officerを兼任(2023年からGroup Chief People Officerに名称変更)、2024年3月から取締役 兼 執行役 Group Chief People Officer。グループの人事、法務、総務などのガバナンス領域に加え、IT、サステナビリティの担当を歴任している。
「私の経歴としては人事部門が長いです。そうした意味ではいわゆる“人事屋”と言えるかもしれませんが、私としては客観的な視点で人事の仕事を捉えることにこだわってきました」(谷村氏)
谷村氏はそう自身のキャリアを振り返る。その姿勢が現れているのが現職の名称だ。谷村氏の現職は「Group Chief People Officer」。しかし、2024年3月まで同ポジションの名称は「Group Chief HR Officer」だった。「HR」という人事に限定された名称から、「People」という人物そのものや組織文化のニュアンスも含む名称に改称されている。ここには、企業における「人」の問題を人事の枠に閉じ込めることなく、より広い視野で捉えたいという谷村氏の思いが込められているのだという。
対する日置圭介氏は、これまでPwC、デロイト、BCGなどで、外部から企業を支援してきた。そうした経験を踏まえ、日置氏は既存の枠組みに捉われずに企業における「人」の問題を捉えることの重要性を説いた。
「現在、私は日本CHRO協会と日本CFO協会という、人事とファイナンスに関する組織でシニア・エグゼクティブを務めています。人的資本経営を実践するには、これらの2つの部門に加え、法務などの他のコーポレート部門や事業部門などにも視野を広げ、会社組織を統合的に捉える視点が欠かせません。つまり、本イベントのテーマである人的資本経営は、人事だけの問題としてではなく、経営の問題として捉えるべきです。私自身、そうした統合的な活動を信条に支援活動を行なっています」(日置氏)
異なる立場でありながら、企業における「人」の問題について視点を共有する両者。その議論は、アサヒグループの人的資本経営の取り組みをベースに展開された。
酒類、飲料、食品などの事業を展開するアサヒグループは、現在、日本に加え、ヨーロッパ、東南アジア、オセアニアでブランドを展開している。国内のブランドをグローバルに展開する一方で、地域に根ざしたローカルなブランドをグループに迎え入れ、さらなる価値向上を図るのがアサヒグループのグローバル戦略の特徴だ。
こうした戦略の基盤をAsahi Group Philosophy(AGP)が支えている。AGPは2019年に施行されたグループ理念。アサヒグループにおいて海外事業のポートフォリオが急拡大し、グループ社員の半数以上が外国人となったことなどをきっかけに、グループ理念の再構築を図った。さらに、2024年にはAGPを補完するものとしてコーポレートステートメント「Make the world shine “おいしさと楽しさ”で、世界に輝きを」を策定。これらのフレーズを組織の原点かつ目標として掲げ、企業価値向上の取り組みの指針としている。

それは人材戦略においても同様だ。アサヒグループは2021年にAGPをベースに、人事の基本方針であるピープルステートメント「学び、成長し、そして共にやり遂げる(Learning, growing, achieving TOGETHER)」を策定した。
「2019年からAGPが施行され、それに基づいてさまざまな人事戦略が推進されていましたが、どこかAGPに頼りすぎている印象がありました。そこで、AGPを人の観点から再構築したピープルステートメントを2021年に策定しました」(谷村氏)
現在、アサヒグループは「人的資本の高度化」を目的に、「ありたい企業風土の醸成」「継続的な経営者人材の育成」「必要となるケイパビリティの獲得」という3つの人材戦略を掲げている。これらの人材戦略の土台となっているのがピープルステートメントだ。

このようにアサヒグループでは、グループ理念であるAGPから、コーポレートステートメント、ピープルステートメント、そして個別の戦略までが、体系的に位置付けられ、それぞれが連動する形で推進されていると谷村氏は説明した。