成熟企業の「両利きの経営」に必要な「100→1」とは
──最後に、これまでの超未来構想プロジェクトの取り組みについて、総括したポイントをお聞かせいただけますか。
平田:決して大袈裟ではなく、田中貴金属さまは日本の成熟企業のロールモデルになるのではないかと思っています。昨今、資本市場からの圧力により、眼前の短期的な成果に追われ、自社らしさを失っている日本企業が少なくありません。
そうした中で、田中貴金属さまは140年前の創業時から「両利きの経営」に取り組み、自社の独自性を活かした長期的な経営を潜在的に行ってきた、まさに希少な会社であると思います。本プロジェクトはそういった「TANAKAらしさ」を改めて顕在化し、今後さらに持続/加速させるものであると考えています。Ridgelinezとしては、その成長の一端を担うことができれば、それ以上の喜びはありません。
田中:私たちCreativeHubは「100→1」をコンセプトにしています。「0→1」でも「1→10」でもなく、すでに成熟した事業としての「100」を有する企業が、次なる成長を実現するための1を生み出すプロセスを支援するのが私たちです。今回の超未来構想プロジェクトでも、過去から現在の多岐にわたる活動の中からアイデンティティを言語で「価値化」し、価値創造ストーリーとして「モデル化」したものを、ビジョンマップやショーケースなど体験できる具体の形へ「形態化」していきました。
このアプローチの根幹には、日本の成熟企業の価値は長い歴史の中で育まれたその企業らしい価値を生むための仕組みやストーリーにあるという考えがあります。つまり、成熟社会において価値のある未来とは0→1でつくるのではなく、100→1でのベクトルの先に描くことが重要になるのです。私たち自身が大企業のイントレプレナーとしてのジレンマを誰よりも理解しており、深化と探索との対立を共鳴に変えていくことの難易度の高さを知っています。だからこそ、100から1を描くご支援ができるのです。そうしたスタイルを生かした支援ができたのではないかと手応えを感じています。

吉田:Ridgelinezの皆さんには非常に感謝しています。というのも、今回のプロジェクトを通じて、しばしば分断されがちな、両利きの経営の「深化と探索」という2つの活動を接続できたからです。
近年、両利きの経営に取り組む企業は多く、当社も例外ではありません。その文脈でいえば、超未来構想プロジェクトは「探索」の活動だといえます。しかし、そうした際にしばしば起こりがちなのが、「深化」を担うべき既存事業の人々を置き去りにしてしまうことです。
実際に、当社でも超未来STORYを発表した直後には「田中貴金属は貴金属から手を引くのか」といった反応が社内でありました。もちろんそんな意図はなかったのですが、探索の活動ばかりに注力していては、そうした誤解が生じるのは当然です。そして、それが既存事業に取り組む社員たちのモチベーションやエンゲージメントを削ぐこともあるでしょう。
しかし、今回のプロジェクトでは、価値創造ストーリーとビジョンマップを制作することで、当社は今後も貴金属をコアにして事業を展開していくという意志を示すことができました。これは「深化と探索」の活動を接続し、組織全体で変革に挑んでいるという一体感を醸成してくれたと思います。
単に壮大なビジョンを打ち出すだけでなく、その目標に至るまでの道筋を示し、さらに全社一体の推進体制を築けたのは、Ridgelinezさんの支援のおかげです。当社としては、ぜひとも今後も継続的にご支援いただき、「TANAKAの航海の乗組員」としてご協力いただきたいと思っています。