多くの未来洞察プロジェクトに足りないものは何か
──未来シナリオWebサイトの制作やコンセプトルームの設置により、未来研究所の活動に対しどんな反響がありましたか。
吉田:本社の社員やお客さまからは多くの好意的な反響があり、新たな研究テーマに関する相談も多くいただいています。一方、2085年はあまりにも未来の話ですし、工場など現場で働いている社員からは少なからず戸惑いの声が挙がっていました。
2085年とはあくまで創業200周年の節目でしかなく、超未来を構想することの本来の目的は、田中貴金属が永続的に存続するための戦略を練ることです。2021年から始まったTRPの活動に対し、社員には60年後の未来に向けた活動が自分ごと化できないという課題が見えてきました。そのため、Ridgelinezさんにご相談して、2085年に至るまでの途中経過を可視化する取り組みを進めることになりました。
田中:私たちが提案したのは、2085年の超未来と現在をつなぐ2035年ビジョンの策定です。それを「価値創造ストーリー」と「ビジョンマップ」という2つのクリエイティブで描くことを提案しました。価値創造ストーリーは、田中貴金属さまのこれまでの歴史を踏まえ、同社でしか創れない価値創造の構造や仕組みを可視化したダイアグラムを指します。そして、ビジョンマップは、田中貴金属さまの現在・未来・超未来を見据え、2035年における「ありたい姿」を表現した一枚のビジュアルマップです。
これらを制作することで、現在と2085年との間に中間地点を築き、現在から超未来までのSTORYにリアリティを付与します。そして、すべての社員の方々が「共通の未来」をみることで、時間軸の異なる取り組みへの共感をつくりたいと考えました。

吉田:ビジョンマップの制作を依頼する際には、「わくわくするような高揚感のある世界観を描いてほしい」とオーダーを出しています。より具体的にいえば、社員がビジョンマップを自宅に持ち帰った際に、お子さんの興味を引いて、家族の会話のきっかけになるような世界観です。「パパやママの会社は、こんなお仕事をしているんだね」や「未来の世界はどうなっているんだろう」といった会話が社員の家庭の中で生まれれば、遠い未来に感じていたビジョンを身近に引き寄せることができるのではないかと考えました。
いずれにせよ、壮大なビジョンを身近に感じてもらうために、一枚絵のビジュアルを作るのは有効です。ビジュアルであれば言語や文化の壁を越え、見る人の直感に訴えかけることができると思います。
壮大な世界観をまとめた「一枚絵」をどのように創ったのか
──しかし、壮大なビジョンを一枚絵にまとめるのは非常に難易度が高いようにも思います。
田中:おっしゃるとおりで、当初はビジョンにまつわるあらゆる要素の関係性をつないだ一枚絵をつくろうとしていたのですが、田中貴金属さまらしさを表現する価値創造のストーリー(HOW)と、現在・未来・超未来といった具体的な社会や事業のビジョン(WHAT)を明確に分けて表現しないと、構成要素が多すぎて、直感的に理解しがたくなってしまいます。価値創造ストーリーというベクトルを描き、その先の具体的な未来を描く2つのプロセスをつくり、田中貴金属さまのDNAの中に息づいている「TANAKAらしさ」に焦点を絞って、多岐にわたる情報を統合化していきました。
平田:その「TANAKAらしさ」を炙り出すため、田中貴金属さまの8名の役員の方々へのインタビューを基軸としています。田中貴金属さまを長く牽引してきた一個人として、過去から現在まで培ってきた価値の源泉や強みは何か、どのような長期ビジョンを描いているかといった、過去から未来に至る網羅的な観点でお考えを伺いました。
そこから導出されたのが「希少価値のテイラーメイド」という田中貴金属さまのコアとなる価値です。田中貴金属さまは貴金属という希少素材をアセットとし、調達~回収まで自社で行っていることを掛け合わせ、他社が断るような顧客の多種多様な要望にも応え続け、信頼を構築してきました。また、非上場である特性を活かし、長期にわたる研究開発を続けることで、社会に必要とされる先進的な「希少価値」を創造してきました。まさに「深化と探索」の両利きの経営を創業当時より実践してきたことが、「TANAKAらしさ」を担保していたのです。
そうした「TANAKAらしさ」の1つひとつの要素をつなぎ、大きなストーリーとして価値創造ストーリーとビジョンマップという2つの戦略マップに昇華させました。「変えるべきもの」と「変えてはならいもの」を同時に描き、未来の田中貴金属さまを目指すうえでの価値創造の中核に据えました。

吉田:現在は、この価値創造ストーリーとビジョンマップの2つのクリエイティブを、超未来構想プロジェクトにおける「航海図」と位置付けて、取り組みの指針にしています。遠くの目的地にたどり着くためには、目指すべき方向を差し示す指針が必要です。ましてや、2085年を目指す旅は大航海ですから、なおさら航海図は欠かせません。超未来に向けた道のりを役員やステークホルダーたちに提示できたのは、大きな成果だったと思います。
今後は、価値創造ストーリーとビジョンマップをただの“絵に描いた餅”にするのではなく、全社変革に向けてさらに浸透を図っていくつもりです。つい先日も、役員合宿にRidgelinezさんを招いて、3時間にわたるセッションを開催しました。そこでは、価値創造ストーリーとビジョンマップによって、田中貴金属の未来を社長含めた役員全員で考えました。各事業の役員がそれぞれの活動を1つにしていくという取り組みは当社で初の試みです。多岐に渡る事業活動を全社の活動として捉え、共通の未来を役員全員で対話していくという取り組みに対し、役員からも高い評価をもらっています。こうした施策を社内外に拡大しながら、TRPを実現へ導きたいと思っています。
