多様な属性の社員と共に、“超未来”なストーリーを考える意味
──具体的にどのように2085年の超未来を構想していったのでしょうか。
米井:まずは、あらゆる部門の社員と2085年の「超未来STORY」を構想するワークショップを実施しました。ワークショップは2度実施し、初回のテーマは「貢献」。「2085年の社会の幸せに貢献するために私たちは何をすべきか」という観点で、社員たちと4つのシナリオを作成しました。
そして、2回目のテーマが「共創」。「2085年の幸せを創出するために、どんなパートナーと、どのような価値を創り出すべきか」という観点で、ここでも4つのシナリオを作成。2回目のワークショップについては、田中社長も参加する2日間の合宿形式で実施し、より深い対話を通じて超未来を描きました。
ワークショップの参加者は、田中貴金属各社の多種多様な部門から招聘しています。年齢層も幅広く、下は20代から上は60代まで。今回のプロジェクトは、いかに多くの社員を巻き込んで未来を描くかがポイントであったため、できるだけ多様な属性の社員が参加できるようメンバー選定には気を遣いました。

田中:2085年という掴みどころのない超未来を構想するアプローチで私たちが大切にしたのは、「3つの超未来軸」です。1つは田中貴金属さまのDNAから成るアイデンティティ軸、もう1つは過去のアセットからみえる長期的な事業テーマ軸、そして最後が不変性の高い人の幸せ(価値観)という軸です。
また構想プロセスにおいては、超未来社会の幸せや事業を描くプロセス(CX)と社員の自律性を組織の新たな仕組みとしてどのように育むかというプロセス(EX)の両面を設け、その関係性をデザインする重要性を伝えながら全体のロードマップを描きました。
平田:数多くの部門からメンバーを招聘いただいたのは、「TANAKAのWillの可視化」を本プロジェクトの原点にするべきと考えたからです。先ほど、吉田さんが述べられていましたが、TRPのキーワードは「自律性」です。“経営は意志である”と言われるように、正しい未来を構想することではなく、社員一人ひとりが、自己と自社に向き合い、それぞれの意志を交わすことが自律性を醸成するためには重要です。
そのため、網羅的に様々な部門の方々に集まってもらい、それぞれのWillを超未来ストーリーに昇華するプロセスを設計しました。こうした社員の意志のベクトルを可視化し大きな1つの未来を描くことは、長期的な未来を展望するうえで極めて有用な指針になります。
──超未来STORYで描かれたシナリオについて、吉田さんはどのように評価されていますか。
吉田:「社員たちがこんなに先端的で壮大な未来像を構想できるのか」という驚きがありました。中核となる企業の田中貴金属工業は材料メーカーであるため、どちらかといえば“待ちの文化”です。お客さまのご要望を受けてから頭を捻るという行動様式が、組織全体に広く浸透しています。
そうした組織文化では変化の激しい時代に取り残されてしまうため、以前から変革が必要だと考えていました。しかし、超未来STORYのシナリオからは、自ら道を切り拓いて未来を創造しようという社員のモチベーションが感じられ、とても心強く思いました。
未来シナリオをWebサイトとコンセプトルームで可視化する意味
──超未来STORYを策定した後の取り組みも教えてください。
米井:2回のワークショップを通じて、8つの超未来のシナリオが完成したので、それらのストーリーを社員たちやステークホルダーがより身近に感じられるように、具体的な制作物に落とし込んでいきました。
その1つが「未来シナリオWebサイト DOCK2085」です。未来シナリオWebサイトには、未来構想プロジェクトのコンセプトや超未来シナリオに加え、ワークショップを通じて見通した2085年までの「超未来予測年表」を掲載しました。こうした外部発信を通じて、ステークホルダーとの共創のきっかけづくりを目指しています。

さらに、東京都中央区の本社の7階には、「未来研究所コンセプトルーム DOCK2085」を設置しました。これは、超未来STORYを映像や展示、プロジェクションマッピングを通じて体感できる空間です。テキストやWebサイトだけでは理解しがたい部分を体感的に伝え、超未来STORYの社内外への浸透を図っています。


田中:Ridgelinezは、自社の「人起点」のブランド思想を体現した「Human & Values Lab.」のフィロソフィーやコンセプトモデル、研究成果を展示するショーケースを丸の内の本社オフィスに設置しています。私たちは、抽象度の高いビジョンやコンセプトをショーケースの空間に落とし込むことで、お客さまとの対話から深層にある課題や想いを引き出すノウハウを有しており、DOCK2085の制作においてもその知見を活用しました。
具体的には、2085年に至るまでの軸に「貴少性(希少性)への好奇心」という過去・現在・未来を貫く共通軸をデザインし、3つの時間軸の中でシナリオとビジネスが融合した世界を体験化することで、来訪者との超未来への道筋を、対話を通して引き出していく空間をデザインしています。
平田:描いた「超未来」を直接表現するのではなく、“未来への問い”を起点に、来訪者自身が自然と未来について考えを巡らせるような思考的な没入体験を生み出すことを目指しました。つまり、一方的な展示体験ではなく、来訪者とのインタラクションがより強い共感関係の構築につながることを意図しています。
