量子産業が「基礎研究で勝ち、ビジネスで負ける」を回避するには
寺部:他国と比べた際、日本の量子分野における強みと弱みをどのように分析されていますか。
佐藤:日本の最大の強みは、量子分野の基礎研究で長年世界のトップランナーであり続けてきたことです。たとえば、量子アニーリングの理論を世界で初めて提案した西森秀稔氏や、超伝導量子ビット素子の原理を発見した理化学研究所の中村泰信氏など、世界的な功績を挙げた研究者が数多くいます。こうした「知の基盤」における優位性を維持・強化することが、まず重要です。その中核を担うのが文部科学省であり、理化学研究所のような国立研究機関(いわゆるナショナル・ラボ)です。
一方で、日本の弱みは、過去に多くの技術分野で経験してきたように、技術で優位に立ちながらも、それをビジネスにつなげる「産業化」の段階で他国に後れを取ってしまう点にあります。こうした反省を踏まえ、現在は基礎研究からビジネスへの円滑な移行を強力に支援しています。具体的には、理化学研究所や産業技術総合研究所などの国立研究機関と大学による「量子イノベーション拠点(QIH)」を中核として、産官学連携ネットワークを構築。研究成果を企業が応用し、産業化へとつながる流れを加速させています。こうした取り組みこそが、今後の日本の競争力を支える新たな強みになると考えています。

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寺部:その産業化フェーズにおける具体的な課題と、現在の対応策についてお聞かせください。
佐藤:鍵となるのは「ヒト・モノ・カネ」の3要素です。
まず「ヒト」ですが、優秀な研究者に加え、ビジネス視点を持ち、システム全体を構築できる人材が不可欠です。「モノ」に関しては、先ほど申し上げたテストベッド環境の整備やサプライチェーン強化が着実に進みつつあります。一方、「カネ」は、海外のスタートアップのような大胆なリスクマネーの調達が難しいのが現状です。国内の投資家が「投資回収が可能だ」と判断できる材料を提供するためにも、ユースケースの早期実証が極めて効果的です。G-QuATなどの場で具体的な成功事例を示すことが重要だと考えています。

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また、日本で特徴的なのは、業界団体であるQ-STARに、量子技術を「開発する側」だけでなく「使う側」のユーザー企業も数多く参加し、自らユースケース創出に積極的に関与している点です。こうした前向きな動きをさらに後押しするため、政府としても「量子技術に係るユースケース創出検討会議」を立ち上げました。金融や創薬といった分野のユーザー企業に加え、サプライヤーや規制当局など、多様な関係者が一堂に会し、産官学が一体となって、必要な施策の洗い出しと推進に取り組んでいます。
世界で戦い始めた日本の量子スタートアップたち
寺部:2040年、2050年といった未来に、量子技術が巨大な産業へと成長した場合、市場で優位に立つのはどのような企業だとお考えですか。また、そうした企業をどう育てていくのでしょうか。
佐藤:理想は、既存の大企業による量子技術活用と、新たなユニコーン企業の創出という2つの流れが併存することです。日本には、日立やIHIのように100年以上の歴史を持ちながら、常に事業ポートフォリオを進化させてきたレガシー企業が多くあります。そうした企業が量子関連事業部を設け、製造業の知見を活かして他業種と連携していく姿が望ましい。もちろん、量子技術は製造業に限らず、コンサルティングや商社といったBtoBサービスとの親和性も非常に高いと考えています。
一方のスタートアップですが、国内には既に27〜30社ほどの量子スタートアップが立ち上がっています。OptQCやNanoQTなど、世界的な注目を集める企業も現れていますが、国内投資家からは依然としてリスクが高いと見られがちで、資金調達には課題があります。それでも、Jijがイギリスに拠点を構え、QunaSysがデンマークの投資ファンドから資金調達を行い100億円規模の評価額を得るなど、グローバルに果敢な展開を見せる企業も出てきました。NanoQTも米国メリーランド州で事業を進めています。政府としても国際連携の強化を含め、こうした企業が世界標準で戦えるよう、積極的に支援していく方針です。
