大企業が「攻めのDX」に到達しない要因

栗原:DXにおける「守り」と「攻め」の違いについてお聞かせください。
白井:一般的には「守り」はコスト削減、「攻め」は収益拡大を指しますが、私の感覚では、「守り」は着実に積み上げれば自然と実装が進む領域です。一方、「攻め」は経営判断が必要なもので、新規サービスの創出やケイパビリティ強化などが含まれます。
栗原:DXにおいては、ミドル層が旗振り役となることもありますね。
白井:そうですね。経営層直下に熱意ある推進者がいればDXは加速しますが、現場単独では他部門の無関心や抵抗に直面し、プロジェクトが停滞することもあります。だからこそ、ミドル層によるリーダーシップがDX推進の成否を左右します。
栗原:経営層には何が求められますか。
白井:「攻め」のDXには経営層のデジタルリテラシーが不可欠です。GenAIでご一緒しているベネッセコーポレーションでは役員向けのデジタル勉強会を開催し、意思決定の質を高めています。これにより、新しい技術にブレーキをかけるのではなく、むしろ推進力となれるのだと思います。
栗原:「攻めのDX」では、CX(顧客体験)の高度化が焦点になりやすいですが、現状の課題感はどうですか。
白井:多くの企業ではデジタル接点の整備が進み、現在はCX部門と他部門との連携が課題となっています。たとえば、店舗とECのデータが連携しておらず、顧客全体像が把握できないケースなどもあります。
ポイントは、データの取得や活用を前提としたCXの設計です。たとえば、来店促進施策の成果を集計するのに、手作業では検知漏れや入力漏れが起こりがちですが、QRコードでクーポンを提示する仕組みであれば、アカウントと連動したデータを自動で蓄積でき、効果測定や次の施策に活用できます。
しかし、効果検証まで実施できている企業はまだ少ないです。特に、現場の振り返りが形骸化している場合、簡素な報告資料に終わってしまうことも多い。目標設定や評価指標が曖昧だと、施策の精度が上がらず、結果的に業績にも悪影響を与えます。これはスキル不足ではなく、組織文化の問題です。
栗原:メンバーズで実施した「攻めのDX実態調査2025」によると、45.8%の企業が「攻め」のDXに取り組んでいるとのことですが、かなり高い数字ですね。

白井:そうですね、想定より多い印象ですが、「取り組みを始めたかどうか」という観点で見れば、納得できる数字です。
栗原:調査結果では「人材不足」が最大の課題で、内製が多い企業ほどプロジェクト推進などの達成度が相対的に低い傾向にあるとされています。人材不足にどう向き合い、内製と外注のバランスをどう取るべきでしょうか。
白井:かつては「DXを企画できる人材がいない」と言われていましたが、最近では社内育成が進み、企画工程については内製化している企業が増えました。一方で、実行フェーズに入るとより高度な技術理解が必要で、人材不足は依然として大きな課題です。さらに、モチベーションやキャリアパスといった観点から、社内人材に実装レベルのスキルや対応力を求めるのが難しいケースも少なくありません。内製にこだわる企業では、プロジェクトの実行に必要な専門人材の採用や育成の困難さが全体計画を遅らせているケースはままあります。特にAIのように技術の進化が速い分野では、外部パートナーによる支援が有効です。
栗原:パートナーの選定がますます重要ですね。重視すべき点は何でしょうか。
白井:技術力も大事ですが、見落とされがちなのが「コミュニケーションコスト」です。DXは運用と改善が続くため、長期的に協力できるパートナーが必要です。また、開発フェーズごとに求められるスキル・人材が変わるため、スムーズな情報引き継ぎが不可欠です。特にレガシー企業では、社内の慣習や組織構造を理解するのに時間がかかるため、体制の更新がタイムロスを生むこともあります。情報の引き継ぎやドキュメンテーションに協力的なパートナーを選定しないと、知見がブラックボックス化してしまい、いわゆるベンダーロックインの原因にもなります。理想は、技術を持つパートナーに実行工程を助けてもらいながら、そこで得られた知見は自社の血肉として残していけるような、内製強化のための外注です。