削減したいのは労働時間ではなく人件費
生成AIの活用によって事業改革や経営改革が進めば、人材戦略にも変更が求められるだろう。ここで、デロイト トーマツ コンサルティングのHuman Capital Offering Deputy Leaderを務める古澤哲也氏が登壇し「AI時代の日本企業の人材戦略の勝ち筋」をテーマに下川氏とディスカッションを行う。
「成果という果実を創出するための鍵は二つある」と古澤氏。第一の鍵は「業務の再設計」だ。AIセントリックな業務設計を行うためには、不要なタスクの削減や業務の整流化が不可欠だという。第二の鍵は「業務の片寄」だ。各担当者が担っている業務の整理と、アロケーションの変更を意味する。
たとえばある企業において、採用担当者が人材の募集から面接調整、オファー、入社手続きまでを一人でこなしていたとしよう。これらの業務のうち面接調整だけを生成AIで自動化しても、採用担当者のAさん、Bさん、Cさん、Dさんが面接調整に費やしていた“労働時間”が減るのみで、“人件費”の削減にまでは至らない。つまり、生成AI導入の成果を人件費削減という形で受け取りたければ、面接調整という業務が特定の担当者に片寄されている必要があるのだ。

業務の片寄がされていない組織の場合は、人員削減の対象者を定め、その対象者の業務をほかの担当者に引き継ぐことで「手が空く人」をつくり出す必要があるという。この際、人員削減の対象者として選ばれた担当者はもちろん、周辺の担当者へのケアが重要だと古澤氏は進言する。
「その人が人員削減の対象者に選ばれた合理的な理由は当然必要となります。『より高度な業務を任せるため』と伝え、元々高度な業務を担当していた人にはさらに難易度の高い業務へトライしてもらう、玉突き型の人事異動を採用するのも一つの手です。しかしながらこの方法には、慣れない業務にアサインされたことで担当者が不活性化するリスクや、組織のパフォーマンスが一時的に下がるリスクがともなうため、注意しましょう」(古澤氏)
不活性人材の発生防止策として有効なのがリスキリングだ。これまでは個人のキャリアアップの文脈で語られることの多かったリスキリングだが「今後は組織がリスクをヘッジするために備えるべき能力になる」と古澤氏は語る。
では、具体的にどのようなスキルをリスキリングで学べば良いのか。コミュニケーションスキルなど、AIが持ち得ないソフトスキルに注目が集まりがちだが「これらはあくまでAIを補完するために必要なスキルであり、AIを使いこなすために必要なスキルではない」と古澤氏。AIを使いこなすためには、業務自体への知見はもちろん技術やツールなどの周辺知識や、周囲を巻き込むための背景知識が必要だと続ける。

社会のデジタルツインを目指す新サービス
発表会の最後にデロイト トーマツ コンサルティングの寺園知広氏が登壇し、同社が開発した新サービス「AI haconiwa」を紹介。このサービスはAIエージェントの集団を構築し、企業や自治体が顧客・ユーザー・市場などの反応を予測できるようにするものだ。

具体的には次のようなステップで、ディープインタビューに耐え得る人の個性を再現した“住人AI”を自動生成できるシステムを構築。これにより、クライアントの利用目的に応じて調査対象となる人間社会のデジタルツインを作り出す。
1.クライアントの利用目的に合わせて、マネジメントAIが構造化されたインタビューシナリオ・設問を作成
2.インタビューAIが実在のインタビュイーにインタビューを実施
3.2で取得した個性データからユースケースに適合したエキスパートAIがインタビュイーの特徴を解釈し、エキスパート目線の情報を付加したデータを生成
4.3のデータを取り込み、実在のインタビュイーの性格や価値観、思考の癖などを再現した住人AIを生成
主な活用用途はマーケティング戦略の立案や商品・サービスの開発だが、ゆくゆくは営業力強化のためのトレーニングや社内制度の変革などにも活用される想定だという。β版の提供を開始し、2025年12月の本格提供を目指す。