数字の羅列に意味はない。経営企画は「ストーリーテラー」であれ
パネルディスカッションの2つ目のテーマは、「経営の意思決定に役立てるために、現場の定性・定量情報をどう経営に伝えるべきか」だ。
「細かいデータを大量に出せばいいという話ではありません」と、小林氏は切り出した。画面に収まりきらないExcelシートや、逆に抽象的すぎるトレンド報告も、具体的なアクションには繋がらず、経営判断の役には立たないという。
「重要なのは、経営層が意思決定を行う前提となる、程よい頃合いの粒度で情報を提供することです」(akippa・小林氏)
小田氏も「数字の羅列にはほとんど意味がない。経営企画の付加価値は、その数字にストーリーをつけて語ることにあります」と強く同意する。
「その数字の背景で何が起き、今後どう変化し、誰に影響するのか。数字の先には「人」がいる。これらの文脈を伝え、考えられるリスクやメリット、そして複数の選択肢を的確に示すことで、数字は初めて『生きた情報』になるのです」(JR九州・小田)
特に鉄道事業のように大規模な投資が絡む場合、意思決定のスピードが鍵を握る。鉄道事業は機動的に動ける業種ではない。だからこそ、判断材料を早く経営層に届けなければならない。
「本当に生煮えの状態でも構わないのです。もちろん的を外してはいけませんが、完璧な情報である必要はありません。的を外さない程度の情報を、極力早く渡すことが物事を前に進めます」と小田氏は語る。
この「ストーリーテリング」の好例として、小林氏は前職の丸亀製麺でのマーケティング改革を挙げた。当時、CM効果が薄れ、特にライトユーザーが離れているというデータがあった。
「この現象をただ捉えるだけでなく、データを詳細に分析した結果、『自社のマーケティング力だけでは限界がある』という結論に至りました」と小林氏。この分析に基づき、小林氏のチームは森岡毅氏率いる株式会社刀に依頼することをCEOに直接提案し、承認を得た。
「これは単なる数字の報告ではなく、データに基づいた課題認識と具体的な解決策をセットにした、意思を込めた『提案』だったからこそ経営が動いたのです」(akippa・小林氏)

日系・米系のグローバル企業、PEファンドにてファイナンス分野を中心に経営および投資先支援に従事。大学卒業後、三菱商事自動車部を経て、GEのファイナンスリーダーシッププログラムに参画し5か国にて内部監査・シックスシグマプロジェクト、GEキャピタル(日・英)にてFP&A業務に従事。ベインキャピタルポートフォリオグループにて投資先支援(BPO、高級消費財)、消費財企業取締役専務CFO、PEファンド投資先のグローバルFP&A、アビームコンサルティングのCFOを経てDNXに参画。東京大学文学部心理学科卒、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営大学院(MBA)修了。
組織の壁を溶かすために自ら動く「コミュニケーター」
一方、小田氏は災害対応の生々しい実体験を語った。現場は「報告した数字が違っていたら、コーポレート部門から怒られるのではないか」という心理的な壁を感じ、確実な情報が揃うまで報告が遅れがちになる。思っている以上に事業部門はコーポレート部門との壁を感じている。
この膠着状態を打破するため、小田氏は自ら現場に足を運び、「今分かる範囲で構わない。ズレたらまた報告すればいい。最終的に報告する数字の責任は、我々が持つから」と伝えたという。不完全な情報でも安心して報告できる信頼関係、心理的安全性を構築することが、迅速な意思決定には何よりも重要だと強調する。
優れた経営企画とは、データから未来を読み解く「ストーリーテラー」であり、組織の壁を溶かすために自ら動く「コミュニケーター」なのだ。