キーワードは「変化の常態化」と「腹落ち」
入山氏は、両利きの経営を実践するためのキーワードとして「変化の常態化」と「腹落ち」を列挙。前者の具体例として、WiL創業者でベンチャーキャピタリストの伊佐山元氏の言葉を紹介する。

「大学の授業に彼を招いて特別講義をした際、ある社会人学生から『どうすれば伊佐山さんのようになれますか』という質問が飛びました。彼の答えは『今日の帰りに降りる駅を一つ隣に変えてみてください』です。この返答には目を見張りました」
両利きの経営、とりわけ知の探索が進まない背景には、未知の事態に対する恐怖心もあるだろう。いくらイノベーションの重要性を理解していたとしても、数千億円の投資を即断できる経営者は少ない。だからこそ「変化の常態化が必要」と入山氏は説く。最寄り駅の隣駅で降りる程度の小さな変化を積み重ね、未知の事態に接する習慣を日常的につけることで、恐怖心に対する耐性が獲得できるためだ。
しかし、仮に恐怖を乗り越えて知の探索にチャレンジしても、失敗すれば担当者のモチベーションは下がり、組織の士気も低下する。知の探索においては「失敗を経験した後に、取り組みをいかに継続するか」も重要なポイントとなる。そこで入山氏は腹落ちの必要性を訴える。
「組織心理学者のカール・ワイク氏が提唱したセンスメイキング理論によれば、将来が予測不能な状況においては正確性よりも納得性、つまり腹落ちのほうが大切です。今の世の中は変化が激しいため、将来を予測しても前提条件がたちまち崩れて予測が外れてしまいます。それならば、大まかな方向性を定めた上で長期的なビジョンを語り、従業員や株主に納得してもらってともに前進するほうが良いでしょう。ステークホルダーがビジョンに納得していれば、仮に失敗したとしても知の探索を継続できるはずです」
入山氏によると、両利きの経営を実践している企業のリーダーたちは総じて「腹落ちの達人」だという。長期的なビジョンを語り、多くのステークホルダーを巻き込みながら事業を推進する力こそ、これからのリーダーに求められる素養なのだ。
“ダメな経営者”をいかに退けるか
両利きの経営には、目先の改善や効率化とともに長期的な投資やチャレンジが欠かせない。これらの取り組みを継続するためには、失敗を前提とする活動を承認し、支援する強力なリーダーシップが必要だろう。入山氏は「本来、経営者に任期は必要ない」と語る。長期的な視野で組織を牽引し、成果を挙げ続けられる経営者であれば、何十年とトップを張っていても良いとの考えだ。
同じ人物がトップに居座り続けると、独裁のリスクは高まる。組織が硬直化し、異論を受け付けない雰囲気が組織を覆ってしまうかもしれない。そこで重要な仕組みがコ―ポレートガバナンスだ。
「コーポレートガバナンスの最大の目的は、知の探索をおざなりにしてイノベーションを起こさず、企業の価値を上げられない“ダメな経営者”を退けることにあります。コーポレートガバナンスさえ機能していれば、適切なチェックが働き組織が独裁に陥ることはありません。これからの時代は、コーポレートガバナンスを担う社外取締役の役割が重要です。社外取締役には、経営者の能力を見抜く力と高い倫理観、そして何より気合と根性が求められます」
最後に入山氏は「本講演を通じて一社でも多くの企業がイノベーションを創出することを期待している」と語り、講演を締めくくった。
