イノベーションを生み出しにくい老舗企業
2015年、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が「日本人の仕事の49%はAIやロボットに代替可能」と発表して話題を呼んだ。入山氏はこの発言を引用し「49%どころではなく60~70%の仕事が奪われる」と語る。
「真っ先に代替される職業は大学教授でしょう。ChatGPTがリリースされた3年前、私の授業の試験問題をAIに作ってもらったのですが、私が作るよりも良い問題が出てきました。これは終わったなと(笑)。しかし、だからこそ私自身が新しいことにチャレンジをして、AIには提供できない新たな価値を世の中に届けなければなりません。実は、この過程そのものがイノベーションなのです」
不確実性が高まり、変化が激しい現在の社会においては、イノベーションの創出が企業の命運を握っている。イノベーションの本質とは、知と知の組み合わせによる「新結合(new Combination)」だ。社内外に既に存在する技術やアイデア、ビジネスモデルなどを組み合わせることによって、新たな価値が生み出せる。しかし入山氏は、この点に落とし穴が潜んでいると指摘。次のように説明を補足する。
「イノベーションに悩んでいる企業の多くは、歴史の長い老舗企業です。新卒一括採用と終身雇用のために何十年と勤め続ける方が多い老舗企業の環境では、目の前の知と知の組み合わせは既にやり尽くされています。イノベーションはいつまで経っても生まれません。できるだけ自社から離れた場所にある“未知の知”を持ち帰って来て、既存の知と組み合わせる必要があるのです」
日本企業のPBRが1倍を割るワケ
入山氏は次の図を示しながら、両利きの経営について解説する。

両利きの経営とは、イノベーションの種となる未知の知を獲得する「知の探索」と、新たに獲得した知を磨き上げる「知の深化」の両立によって実現する。しかし、多くの企業は図の横軸に活動が偏重する状態、つまりコンピテンシー・トラップ(Competency Trap)に陥ってしまう。
なぜコンピテンシー・トラップに陥ってしまうのか。入山氏は「知の探索が大変だから」と語る。獲得した未知の知のすべてがイノベーションを生むわけではなく、むしろ無用の長物であることのほうが多い。獲得には人手や手間など多大なリソースも要する。一方で知の深化は、仕組み化や合理化のノウハウがあれば成果が挙がりやすく効率的だ。そのため、多くの企業は目先の成果が得やすい知の深化に躍起となり、知の探索を疎かにしてしまう。コンピテンシー・トラップの背景には、両者の性質の違いがあるのだろう。
知の深化によって短期的な成果が得られても、イノベーションからは遠ざかってしまうため、企業は中長期的な成長を期待できない。入山氏は「多くの日本企業にこの傾向が見られる」と警鐘を鳴らす。
「だから、日本の上場企業の多くはPBR1倍割れなのです。PBRは『ROE(自己資本利益率)×PER(株価収益率)』で求められます。昨今の上場企業のROEは、それほど悪くありません。問題はPERです。日経平均のPERは、ここ15年ほど横ばいが続いています。PERは株価を上げることで向上しますが、日本の上場企業はイノベーションが起こせそうにないため、将来的な成長が見込めずPERが上向きません。ここがグローバルのトップ企業との差です」
