内発的動機づけから行動変容を促す「ゲームフルデザイン」の全体像
数々の失敗を経て、セガ エックスディーが体系化したのが「ゲームフルデザイン」という手法だ。
これは、ゲームの要素(ランキングやポイントなど)を導入する「ゲーミフィケーション」の中でも、取り組みや商品・サービスそれぞれの特性を加味して、ポジティブな内発的動機づけによって「使いたくなる」体験を設計することを目指すアプローチだ。
2010年代初頭には、ゲーミフィケーションがブームとなっていた。それが長続きしなかったのは、「ゲームはランキングがあるからおもしろいわけではない」という本質的なことが抜け落ちているためだと伊藤氏は分析する。そこで、ただゲームの手法を取り入れるゲーミフィケーションから一歩踏み込んで本質的な人間理解と体験設計を取り入れ、ゲームフルデザインとして体系化したのだ。
ゲームフルデザインのフレームワークは、解決すべき課題(WHY)と課題を解決する行動変容(WHAT)を大きく二つの時間軸で捉え、「瞬間UX」と「習慣UX」として整理する。
「瞬間UX」とは、商品やサービスに触れたときなどに「ついやってしまう」「ついやりたくなってしまう」といった瞬間的な行動を促す体験設計を指す。一方、「習慣UX」は、ゲームのログインボーナスのように「ついやり続けてしまう」粘着性の高い体験を生み出すための設計である。この二つを明確に区別し、それぞれに適したアプローチを用いることが重要だと伊藤氏は語る。
「瞬間UX」は「無意識(ついやってしまう)」の体験と「意識(ついやりたくなってしまう)」の体験にわけられる。前者は、ユーザーが特に意識せずとも直感的に望ましい行動を取るように促す設計であり、行動経済学の知見が応用されている。後者は、ユーザーの好奇心や遊び心を刺激し、意識的に「やってみたい」と思わせるような「仕掛け」を作ることを指す。
「習慣UX」では、これらの体験を通じてサービスに関わったユーザーが、継続的に関わりたくなるような「粘着(ついやり続けてしまう)」体験を設計する。
このように、「無意識」「意識」「粘着」で体験を構造化し、人間の内発的動機づけに働きかけることで、ユーザーの主体的で能動的な行動変容を促すというのが、ゲームフルデザインの核心である。
行動経済学「ナッジ」を応用した「無意識」の体験設計
「無意識(ついやってしまう)」の体験設計は、行動経済学、特に「ナッジ」の理論に基づいている。行動経済学は、「常に論理的でもなく、感情で判断し、最適ではない解も選ぶ」という、より現実に即した人間像を前提とする学問だ。
このような人間の不合理な特性を理解し、望ましい行動をそっと後押しするのがナッジの考え方だ。
たとえば、八王子市が大腸がん検診の受診率向上に取り組んだ事例では、「今年度受診されないと、来年度ご自宅へ検査キットをお送りすることができません」という損失を想起させる表現のほうが、受診率が7.2%も高くなったという。これは、人が利益を得る喜びよりも損失を回避したいという気持ちが強く働く「損失回避性」という特性を利用した典型的なナッジである。
伊藤氏は、こうした行動経済学の多様な知見の中から、特にビジネスの実務で応用しやすいものを八つの構成要素(初期設定、単純化/容易化、同調、情報開示、わかりやすさ、リマインダー、フレーミング、エラー予測)として整理した。
具体例として、社員食堂で健康的な食事の摂取率を上げるために入り口付近にサラダを置く(初期設定)、営業提案で最も選んでほしいプランを松竹梅の「竹」に設定する(フレーミング)といった手法を紹介。新潟県三条市で駅前に「事故の危険があること」を明示的に示すシンプルな警告看板を設置するだけで、駅前ロータリーの車両滞留率が10%以上下がった事例も挙げ、ついやってしまう、無意識な瞬間UXを活用することで、効果的な行動変容を促せることを示した。

