論理を超えた「衝動」がイノベーションを生む
中川:山口さんは、仕事において「喜怒哀楽」という感情が動いていることが組織の強さに直結するとおっしゃっています。なぜ合理性だけでは不十分なのでしょうか。
山口:ビジネスを動かす真の原動力は、論理的な計算ではなく、内側から湧き出る「衝動」だからです。
リクルートで「スタディサプリ」を立ち上げた山口文洋さんの事例が象徴的です。彼は市場調査でビジネスチャンスがあるから始めたわけではありません。経済的な理由で子供を塾に通わせられず泣いているお母さんの姿を見て、激しい「悲しみ」と「怒り」を覚えたことが原点でした。「なぜ教育のICT化が進んでいないのか」「自分が変えなければならない」という負の感情から始まった衝動が、やがて子供たちの合格報告という「喜び」に変わっていった。仕事を通じて喜怒哀楽が激しく動いている状態こそが、イノベーションが生まれる健全な土壌なのです。
中川:髙島社長の「artience」という思想の根底にも、そうした個人的な「衝動」や背景があるのでしょうか。
髙島:思い返せば、両親の影響が大きいかもしれません。私の母は画家で、父が数学者でした。父が論理的に将来設計を立てるタイプだったのに対し、母はそのときその瞬間の感情を全力で生き、経済性など度外視してでも「描きたい」という衝動に従う人でした。この「論理の父」と「情熱の母」という両極端な要素が私の中でミックスされ、現在の「アートとサイエンスの融合」という考え方に結びついているのだと感じます。
中川:具体的に、「衝動」や「喜怒哀楽」をどのようにビジネスにつなげようとしているのでしょうか。
髙島:たとえば、インド市場への投資です。単に「成長市場だから利益を出す」という議論だけでは、技術者の魂は揺さぶられません。私は彼らにこう話します。「かつての日本が高度経済成長期に公害で苦しんだように、インドの子供たちに同じ思いをさせてはいけない。我々の環境技術で、彼らの未来を守ろう」と。「スモッグの中を通学させたくない」という負の感情(怒り)を、解決すべき課題へと転換する。これこそが、アート(衝動)をサイエンス(技術)で形にするプロセスです。
伝統ある素材メーカーが感性? 現場との対話が社名を“本物”にする
中川:伝統ある素材メーカーとして、「感性」や「アート」という言葉を出すことに対し、社員からは戸惑いや反発もあったのではないでしょうか。
髙島:当然ありました。ある拠点を訪問した際、一人の若手技術者が真っ直ぐ私の目を見てこう言いました。「私は感性を信じません。サイエンスだけで生きます」と。私はその言葉を聞いて、実はとても嬉しかったのです。社長に対して自分の主義主張をこれほど明確に言える、その強い意志こそが大切だからです。私は彼に「サイエンスを否定しているのではない。そのサイエンスをどこに向けるのかを決めるのがアートなんだ」と、時間をかけて対話しました。
中川:工場など、日々の生産に誇りを持っている現場からはどのような反応がありましたか。
髙島:ある工場の社員から「私たちはもうモノづくりの会社ではありません。素材に触れる人の胸の高鳴りをつくります。という動画メッセージには強い違和感を覚えます」という真摯なメールをもらいました。モノづくりという言葉を信じて、これまでやってきたことを否定されたように感じたのだと思います。私はその工場へ訪問した際に全員の前でこう説明しました。「バッテリー材料を作らないと言っているのではない。最高の材料を作ることで、それを使うドライバーに喜びを届ける。我々のモノづくりにおける究極の目的はそこにある」と。こうした現場からの「突き上げ」こそが、新しい社名を本物にしていくプロセスです。
中川:山口さんは、現場が「サイエンス」に固執する心理をどう分析されていますか。
山口:おもしろいのは、その技術者が「サイエンスで行く」と決めていること自体が、実は主観的な「感性」に基づいているという点です。「なぜそこまでサイエンスを求めるのか」という問いに対し、合理的な正解はありません。本人がそれを好きだから、それを信じているからです。つまり、サイエンスを突き詰めることも一つのアート(衝動)なのです。ただ、多くの企業が陥っているのは、アートでもサイエンスでもない、過去の経験に頼るだけの「クラフト」の状態です。
