複雑な世界を捉え直す「3つのレンズ」
栗原:デザイン思考が解決できる領域と、システムのデザインが必要な領域の違いはどこにあるのでしょうか。
山田:デザイン思考のコアには、やはり「人のユーザビリティ」や「体験の向上」があります。これは、組織の論理に染まったビジネスパーソンの視点を生活者視点へとシフトさせ、より良いサービスを生む上では極めて有効でした。
しかし、現代社会が直面しているのは、いわゆる「Wicked Problems(厄介な問題)」です。たとえば、気候変動、格差、あるいはメンタルヘルスの課題などです。これらは、特定のユーザーの使い勝手を良くするだけでは解決しません。
「ググれば答えが出る問題」や「既存の戦略フレームワークで勝てる市場」ならば、システムのデザインは不要でしょう。しかし、多くのビジネスパーソンが今、上司から「社会課題解決と経済性を両立した事業を作れ」という難題を突きつけられています。こうした複雑な連立方程式を解くには、システム的なアプローチが不可欠なのです。
栗原:複雑なシステムを捉えるためのアプローチとして、「3つのレンズ」という概念を提唱されています。
山田:はい。複雑な世界を解像度高く、かつ実務者が扱いやすく捉えるための視座として、以下の3つを挙げています。
1:森羅万象のレンズ(複雑適応系システム)
世界を「静止画」ではなく、自分も他者も環境も絶えず動き続け、影響を与え合う「動画」のようなものとして捉える視点です。自然の生態系も組織も市場も、常にうごめいていることをまず受け入れることです。
2:相互作用のレンズ(アクターネットワーク)
人と人だけでなく、「人とモノ」も対等なエージェント(登場人物)として捉え、その関係性に注目する視点です。たとえば、私がこのコップを使うとき、私の意思だけでなく、コップのデザイン(された意図)によって私の行動も影響を受けている。この「相互作用」をデザインすることで、人の行動や意識を変容させることができます。
3:入れ子構造のレンズ(構造化)
複雑なシステムを、「マクロ(社会・価値観)」「メゾ(組織・事業)」「ミクロ(個人・モノ)」という入れ子構造で整理する視点です。
栗原:特に3つ目の「入れ子構造」は、ビジネスの現場でも視座を高めるのに役立ちそうです。
山田:そのとおりです。たとえば「EV(電気自動車)社会の実装」を考えてみましょう。
ミクロの視点では、EVチャージャーというプロダクトがあり、その使い勝手やUIが存在します。しかし、それだけではEV社会は実現しません。メゾの視点では、充電ステーションを運営する企業のサービス設計や、アプリの体験、さらにはその企業の組織体制が関わってきます。そしてマクロの視点では、政府の補助金制度や、脱炭素という社会的な機運が必要です。
従来のプロダクトデザインはミクロに閉じていましたが、システムのデザインでは、これら3つの階層を行き来しながら、全体がうまく機能する構造を描きます。
システムのデザインとは4つの思考法の統合である
栗原:ここからは実践プロセスについて伺います。「3つのレンズ」という視座を持った上で、具体的にどのようにシステムのデザインを進めていくのでしょうか。
山田:システムのデザインは、一直線に進むものではなく、循環するプロセスです。私たちはこれを「4つの思考法の応用」として定義しています。
ビジネスの世界では「ロジカルシンキング(戦略的思考)」と「デザイン思考」が対立するものとして語られがちですが、システムのデザインではこの両方が不可欠です。それに加えて、全体像を俯瞰(ふかん)する「システム思考」と、あるべき姿を描く「ビジョン思考」を統合します。
