“人と人が違う理由”を科学したい安宅氏が追い求めたテーマとは
入山(早稲田大学ビジネススクール准教授):
前回は、“市場を見つける”際の安宅さんの方法として、オケージョンとベネフィットの関係性から「全体を俯瞰すること」の重要性をうかがいました。ただ一方で、それは感覚的な、センスの部分も大きく、普通の人がそう易々と真似できるものでもなさそうです。だとすると、これまで兆円規模の市場の創出に関わってきた安宅さんの感覚の背景には、その生い立ちから何か秘密があるのではないか、と想像してしまいます。
安宅(ヤフー株式会社 CSO:チーフストラテジーオフィサー):
うーん、どうなんでしょうか…。前回お話ししたように、子どもの頃からしつこく「変わっている」「お前は変だ」と言われて育ってきました(笑)。その結果、「人と人とがどうして違っているんだろう?」と考え、突き詰めてきた結果、今に至るという感じです。
まず中学生の頃、考えて出た結論は「人と人とが違うということは、同じ経験を違うように感じるということだ」でした。では「それはなぜなのか?」というのが私の基本的な問いになりました。次のキークエスチョンは、「“なに”で科学しよう?」でした。科学者になりたいということだけは、小学校に入って間もない頃から思っていたので、「人と自分が違う理由」を考える方法として、どの科学的な学問を使えばいいんだろう、と思ったわけです。
佐宗(biotope 代表取締役社長):
自分の個人的な問いを解決するために、科学が出てきたのですね! 面白いです。それで「安宅青年」はどんな学問を選んだんですか?
安宅:
まず、高校時代に心理学の本を読み漁りました。まあ、これは自然な流れですよね。「どうして人とは異なるように感じるのか」って考えたわけですから、心を科学しようと思ったわけです。それでユングとかフロイトを色々読んだのですが、「これは科学ではないな」という結論に至りました(笑)。密教とかにどこか近くて、いわばオカルトだなと思ったんですよね。(笑)
次に、精神医学の世界も覗いてみたんですが、この分野は多くの場合、“心が傷ついた人”、”正常に機能しない人”が対象ということに気が付きました。自分が知りたかったのは“もっと普通の人”のことなので、これも違うなあと。文化人類学もかなり興味を持って色々読みました。中でもクロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss)は面白かったですね。でも、やっぱりパキッと割り切れない。科学ではないんですよね。その人の感性に依存している気がして、「Proof:証明」ではないわけです。
入山:
「科学性」にあくまでこだわりたかったんですね。
安宅:
はい。「一人ひとり、人と人とが違う」理由を解明・証明し、新しい知見として刻みうるフィールドがいいなと思っていました。そのためには人の感性などに頼らない“客観性のある根拠”が必要で、それが科学であり、サイエンスの偉大さだと思っていたんですよね。そして、巡りあったのが、「分子生物学」でした。僕が高校生の頃、今から考えると30年あまり前、ちょうどDNAやRNAなどの遺伝的な基礎の仕組みの解明にほぼケリが付いて、細胞、細胞間のレベルに研究テーマ、関心が移るころでした。
心、そしてそれを生み出す神経細胞の働きも、物理化学的なアプローチで解明できるのではないかと期待が高まっていると直感し、その道を選びました。発生生物学、分子生物学を学び、大学院では脳と他の部位のDNAなどを抽出しては比較するような研究に関わっていました。ただ、本当にこのアプローチの延長で僕の知りたい問いへの答えの近くに到達できるのかなあ、ともやもやしていた時に、いまでいうインターン的な活動をし、「息抜きとして2~3年おいでよ」と呼ばれたのがマッキンゼーだったんです。
佐宗:
息抜きにマッキンゼーとは…。そこで、科学畑だった安宅さんにビジネスやマーケティングの世界との出会いがあったのですね。
安宅:
はい。
入山:
確かに脈絡なく見えますが、どれも「人はなぜ違うのか」というテーマを追い求めている意味では、心理学も、精神医学も、DNAも、マーケティングも一貫していますよね。
安宅:
そうですね。常に「心」を見ようとしていましたね。それで、マッキンゼーに入って間もない頃に、コンサルタントとしてとある消費財メーカーの全社横断的な事業戦略、商品開発プロジェクトに関わることになったんです。そこで課題の整理やフレームワーク化を日々繰り返すうちに、これってそのまま「人の心」や「感じ方」を調べようとしているのではないか、と気づいたんですよ。言ってみればマーケティングは「パーセプションテクノロジー」じゃないですか。それで、その方法をいろいろ模索して整理するうちに、いろんな見方がわかってきて、大ヒットやブランド立て直しの大きな成功例がいくつかうまれました。そうしたらもう面白くてハマっちゃったんですよね。