ブック Biz/Zineブックレビュー

テクニウムの自己増殖がもたらす未来(ケヴィン・ケリー『テクニウム』)

[公開日]

[著] 弦音 なるよ

[タグ] 事業開発 テクノロジー オープンサイエンス オープンイノベーション

  • ブックマーク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ヒトの強化も始まっている

 その一方で、『フューチャー・オブ・マインド』の上記書評記事で私は、人工知能よりもポストヒューマンの方が先にテクニカル・シンギュラリティに達すると予想した。少なくとも現時点では、ヒトの脳のエクストロピーは人工知能のそれよりも大きいらしく、そして生命やヒトの能力強化は始まっている。ヒトもまた自らの能力を自己増殖するテクノロジーを手に入れつつあるのだ。

 ただし、ヒトがポストヒューマンに進化しても、その姿はいまのヒトとは似つかないものかもしれない。『フューチャー・オブ・マインド』も進化の方向性は非物質化・脱身体化であるとしており、進化したヒトがいずれ肉体という器を捨てることは避けられない。『フューチャー・オブ・マインド』では、ヒトの脳情報がそのまま「情報体(コネクトーム)」として宇宙を旅できる未来を予想している。

ヒトの次なる進化の競争

 テクニウムの進化形は、無機質のコンピュータ・ネットワークから生起するのか、それともヒトの進化形であるのか。生命とはテクニウムの次のカタチを生むための過程に過ぎなかったのか、それとも生命にはまだ姿を変えていく余地があるのか。

 いずれにせよ、ヒトは過程だ。次世代の進化を生むという必然からこの世界に存在する。本書『テクニウム』は、生命とテクニウムの進化におけるヒトの位置づけについて、次のように述べている。

ホモ・サピエンスは、ある傾向であり実体ではない。

われわれはホモ・サピエンスとしての進化を開始したばかりだ。そしてテクニウムの親かつ子供として、つまり加速された進化の親であり子として、われわれは、まさに進化によって定められた道筋にいる。

 生命に六界があるように、テクニカル・シンギュラリティ後のテクニウムにも、複数の由来に基づくいくつかの形態が併存するのかもしれない。コンピュータの世界から生まれた人工知能と、ヒトが強化されたポストヒューマンとが、さらに多様化と複雑化を繰り返しながら争うのだ。

 そしてどこかの時点では、人工知能由来のテクニウムと、ヒト由来のテクニウムとが交じり合い、さらに次の段階へと進むのかもしれない。

バックナンバー